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2011/08/03

7月の...


気が付けば8月になってました。
7月の出来事をまとめて。いろいろありました。

■初体験
まず、「手術」と「整骨院」を初体験しました。
手術といっても傷口の縫合だけですが、徹夜明けの歩行中に眠気に襲われ転倒、唇を切りました。
この日はたいしたことないと思って太鼓の練習→阿波踊りの練習→ライブ観戦とフルコース。帰宅してよく見るとどえらいことになっていたので、翌朝一番で病院に行った次第です。

整骨院の方は、寝違えた痛みがひどくなり、整骨院で見てもらうと、脊椎の神経が圧迫されて痛みやしびれがでているとのこと。1週間ほど揉み治療に通いました。

もう無理が利かない歳になっていることを自覚しろ、と言われた気分です。


■ライブいろいろ
相変わらずライブには足を運んでいますが、7月は重要なのがいくつもありました。

7月3日 田楽座in中野市
川崎太鼓仲間・響を卒業し、昨年プロになった尾上綾菜の一般公演(ホール公演)デビューを見に長野県まで足を運びました。
僕と同様「演技」のできないタイプだった彼女が、演奏はもちろん、立ち居振る舞いの所作まで、見事にプロになっていました。
公演が始まった瞬間は少し目が潤んだのですが、すぐに一観客の気分になり、公演を楽しみました。
彼女のがんばりと同時に、座員を育てる田楽座の力にあらためて感じ入りました。

7月9日 古立ケンジ「Terra rossa marre blu ~赤い大地 青い海~」
名古屋のGONNAから独立し、上京してソロ活動を続けているケンちゃんのリーダーライブでした。GONNA立ち上げの頃からの交遊もあり、響の若者たちを連れてスタッフ兼観客で楽しみました。
いまの和太鼓業界にありがちな、力と勢い、様式美だけにまかせる演奏ではなく、音の響き、重なり、紡ぎ出されるリズムとグルーヴなど、和太鼓の多面的な魅力をとことん楽しもうというライブで、先輩格の奏者たちが盤石のバッキングを務めるなか、プレイヤーと楽曲の魅力が全面に出た演奏になっていました。

7月10日 EGO-WRAPPIN'
日比谷野音でのエゴ。都心のオアシスで夕空の下、という最高のシチュエーション。唇は負傷して缶ビールが飲めないのが心残りでしたが、久々の野外ライブを堪能しました。

7月14日 日本音楽集団定期演奏会
元祭衆の山内利一くんが先年入団し、本格参加後初となる東京での定期演奏会でした。江戸囃子と黒御簾音楽を融合させた「祭」や三木稔氏の「マリンバ・スピリチュアル」など、仙やThe J.B.'fで取り組んでいる曲をやるということで、仙メンバーも大挙して見に行きました。コンサートもよかったですが、代表の田村氏が新入団メンバーを紹介し、意識的に世代交代をすすめようとする姿に共感を覚えました。

7月18日 アラゲホンジ1stアルバムリリースパーティ
これはもう気持ちを伝える言葉が見つかりません。アルバム聞いてください、ライブ見てください、というのみですが、相馬盆唄などアルバム未収録の曲や、ライブでの初演奏となる「秋田音頭」など、リリパならではのステージをたっぷり楽しみました。

■復興を目指して
響の代表が太鼓仲間に呼びかけて結成した「和太鼓でつながろう!震災復興をめざす実行委員会」の取り組みとして、7月いっぱいで避難先の川崎・とどろきアリーナからの退去を余儀なくされた南相馬市の方々を励まそうと、16日に太鼓演奏と盆踊りを企画しました。
復興と生活再建に向けた前途はいまだに厳しいものがあり、太鼓を叩くだけで何かがやれたというわけではありませんでしたが、太鼓や踊りをやっていなければ南相馬の方々とのつながりもなかったことを考えると、音楽や踊りにはやはり人と人を結びつける力があるのだなあ、と再認識しました。これからもっともっと知恵を絞って、何が出来るか、何をやるべきか、考えていきたいと思います。


あとは脱原発の集会で演奏したり、マーラーの映画を見たり、夏本番が近づく阿波踊りの稽古に励んだりといろいろあった7月でした。そしていろんなことを考えました。がんばります。

2011/06/28

でっかくなったぜチャットモンチー


ネタバレ注意です。

自分たちのやりたいことが大好きで、自信を持っているのがよくわかるライブでした。
今回のアルバム『YOU MORE』は初のセルフプロデュースで、とにかく難しいことを考えず楽しくやろう、というのがコンセプトだったようです。ライブでも語っていましたが、「こうでなきゃいけない」「こうしてやろう」というような、ヒットメーカーなればこそのくびきと重圧から解放されて、欲求の赴くままに雑多な音を鳴らした、という観が確かにあります。ベースの福岡晃子も「聴いて感じたままのアルバムです。それ以上の意味はない」と断言していました。

そしてそれは、ライブを通じて初めて完成したというか、本来の命を吹き込まれたのではないでしょうか。アルバムは一聴して肩の力が抜ける印象で、これまでの「狙い目」路線からすると物足りなさを感じなくもありませんが、実際にライブで聴いてみると、「優しさ」「強さ」「情熱」「切なさ」といった彼女たちの持ち味を巧みに楽曲の血肉にした上で、伸びやかにそれを演奏をしている印象がありました。要するにアルバムで聴くより何倍もいい曲に聞こえた、ということです(笑)

もちろん、見るたびにパワーアップしている彼女たちの演奏力がそれを可能にしているのは言うまでもないことです。

圧巻だったのは本編最後の「余韻」。
終盤にかけひたすら同じフレーズを繰り返す「チャット節」を全開にし、そして怒濤のアウトロへ。これまで見られかかった極太のエネルギーがポップロックの枠を打ち破り、観客はあっけにとられて微動だにできない状態でした。

「余韻を楽しんでください」という橋本のマエ説ではじまったこの曲が終わったとき、果たしてアンコールの拍手をしていいものかどうか、ビミョーな空気観が客席を覆っていました。

ここまでやるなら、いっそはじめに「アンコールなし!」と宣言してやればよかったですね。
外タレ以外でアンコール無し、というのは慣れてないでしょうから、半ば儀礼的にコールしてしまうのもやむを得ないですし。

そういえば昔とある超大物バンドの幻の解散ライブ(解散するはずだったライブ)で「アンコール無し!全14曲!死ぬ気で行くぞ!」と吠えてからはじまったことがありました。

ま、その分アンコールは文字通り「おまけ」的位置づけで気楽に楽しめましたが。

セットリストは以下です。
カップリングベスト発売時のライブを逃し、二度と聴けないだろうと思っていた「バスロマンス」が聴けたのは僕にとってはうれしいサプライズでした。この曲をすすめられて、チャットモンチーをちゃんと聴くようになったので。

あ、「謹賀新年」で和太鼓使ってました(^_^)v

<セットリスト>
01.桜前線
02.レディナビゲーション
03.少年のジャンプ
04.シャングリラ
05.謹賀新年
06.バースデーケーキの上を歩いて帰った
07.草原に立つ二本の木のように
08.青春の一番札所
09.Boyfriend
10.バスロマンス
11.涙の行方
12.染まるよ
13.真夜中遊園地
14.Last Love Letter
15.拳銃
16.余韻

E1.ここだけの話
E2.風吹けば恋
E3.ハナノユメ

(2011.6.22 中野サンプラザ)

2011/06/22

さらば祭衆


僕が学生時代、アルバイトでトラをやっていたプロ集団「祭衆」の無期限活動停止によるラストライブがありました(学生時代、といっても予備校にも入らず太鼓ばっかりやってた浪人生だったので、学生と呼べるかどうかはわかりませんが(笑))。

この日はたまたま中国地方への出張帰りだったので、平日でしたが京都での公演を見ることができました。現メンバーは中嶋真、山内利一、馬渕さおり、松尾慧の4名。これに、元メンバーで現在も各方面で演奏活動をしている中条きのこ、川原崎能弘、小林辰哉、川田貞一、滝本ひろ子、由良英寛の6名をゲストに招いて、総勢10名での演奏。表方裏方で、現役を退いた元メンバーも手伝っていました。

思えば発足から25年。初期にお手伝いをさせてもらったのですが、その後同期の能弘が中心的プレイヤーとなり、共通の師匠である仙堂新太郎氏、そして音楽監督的な役割でメンバーとして音楽性の土台を作り上げていった小林潤ちゃん、山内利一くん、新たなグルーヴを吹き込んだ英くん、さおりちゃん、天上人のような慧さんの笛、余人には出せないまこっちゃんの大太鼓サウンド・・・和太鼓音楽の目指す方向は一つではありませんが、「祭衆」はその1角の頂点にこの25年で立ち至ったように思います。

僕自身は、素人に毛が生えた程度のころに手伝っていただけなので、とくに影響を与えるような存在ではありませんでしたが、その後座長となる能弘を引っ張り込んだことと、当時まだ鼓童しかやっていなかった「担ぎ桶」なるものを見よう見まねでやってみて、「できそうだからやってみよう」と能弘に声をかけたのは、功績かな(笑)。ちょうと20年前の話です。

この日の演奏は、気心が知れていつつも普段合わせていないゲストのメンバーを多数迎えて、ということだったので、若干手合わせ不足な印象もところどころありましたが、それを軽く凌駕する過去最高の演奏を見せてくれました。

それだけに、無期限活動停止する理由が僕ら客から見ればわかりません。
が、あくまで当人たちの決めることなので、それぞれの今後を応援していこうと思います。
(2011.6.3 京都府立文化芸術会館)

2011/06/21

シフコビッチ来日!



この間いくつかライブを見ましたが、そのなかからいくつか感想を。

まずN.J.シフコビッチの来日公演から。
ワークショップを見たことはありますが、コンサートとしての演奏を見るのは初めてでした。
仙堂新太郎師匠の知人である上野信一さんの公演にゲスト的位置づけで参加し、全編シフコビッチ作品の中、何曲か(「リズムの神々への祈り」「ストラー」「ラメント・エ・ダンツァ・バルバラ」他)を自ら演奏しました。

日本が昔から好きだったらしく、震災の困難のなか「絶対に来日する」という固い決意で来て頂いたようです。
洋楽打楽器の世界はよくわからないのですが、とにかく野性の固まりのような人でした。

GONNAが和太鼓で演奏している「ラメント~」も演奏されましたが、洋楽打楽器の世界観はこういうものかー、という気がしました。なるほどそういう意味では、原曲の世界観を表現できているので、原曲らしさに触れられた機会でした。
和太鼓での表現は、作者の意図とは別のところで、より深いというか、古の世界観を呼び覚ますものになってます。楽曲に新しい命を吹き込んだ、ということでしょうか。

もちろんGONNAという水準の高い演奏だから出来る面もあるのでしょうが、僕らもトリオ・パ・ウノを演奏しているので、そういった世界観を探求していきたいと思います。

MCでシフコビッチ氏は、日本への多大な感謝を繰り返し表明していました。(だから日本がたいへんな時に来日して演奏したいのだ、とも)
氏、日本の大使館・領事館・外交官が、文化交流や教育支援のためにいろんな国でがんばっているのを見てきたからだ、といいます。「ユーゴは内戦時に外国=NATOによけいなことされたけど…」みたいなニュアンスの話と比較していました。
仙堂師匠に以前聞いたところによると、外交官の人たちは、文化交流のお粗末な予算をカバーするためにポケットマネーでいろいろと骨を折っておられるようです。国(政府)としてはあまり褒められたモンではないですが、そうした取り組みが喜ばれているのはありがたいことです。

(2011.6.1. 国立オリンピック記念青少年総合センター小ホール)
編集済み

2011/05/16

まさかのPUFFY15年


PUFFYの15周年ライブに行ってきました。

もともとニューカマーをこまめにチェックする方ではなく、だいたいブレイク直前くらいに聞き始めたアーティストが多いのですが(例えばBump of Chickenとか)、PUFFYは奥田民生プロデュースということもあり、デビュー当初から追いかけていました。

しかしライブにはいかず、初めていったのは10周年をすぎてから。曲もいいし歌も気持ちいいけど、「バンド音楽」という受け止めでもなく、歌唱力を売りにするわけでもなかったので、CD聞くだけで満足していました。
10周年のときに「1度くらい見ておいた方がいいな」と思ってチケットをとったのが最初で、そのときは都合で結局行けず、3年前くらいに行ったのが最初でした。

予想以上のすばらしいライブに、その後はほぼ毎回足を運び、今回で(ワンマンは)3回目。本人たちもMCで「まさか15年も続くとは、自分たちも思っていなかった」と話していましたが、僕ら聞き手も含め、偽らざる思いでしょう。

もちろん、「使い捨てにさせない」という奥田民生や周りのスタッフの意向があったのは確かなのですが、いくら制作陣・スタッフ・会社が有能でも、本人たちの努力と力量がなければ、15年は続かなかったはず。

ポップロックの優れた楽曲を自然体で歌いこなす力、アミ+ユミのユニゾンの不思議なヴァイブ(あのユニゾンはちょっと他人に真似できないレベルだと思います)、そして自分たちの立ち位置を理解し努力を怠らない姿勢が、作り手も含めロックファンに愛されてやまない「PUFFY」というポップロック・ブランドを作り上げた、とっても過言ではないと思います。

そしてライブはとにかく楽しい!の一言。この時間と空間を衒いなく、気負いなく楽しもうという思いにステージも客席も充ち満ちていて、一つのライブの理想型と言えるかもしれません。

アイドル路線だけでなく、「実力派」路線でも「即換金主義」みたいに利用されその後泣かず飛ばずのアーティストにあふれる音楽業界に、一石を投げ続けて15年。「自然体」「脱力感」が彼女たちを語る冠言葉とされながら、いつのまにかライブ巧者になり、いまや押しも押されもしない地位を確立した存在になりました。いよいよアラフォー世代となり、この後5年10年と、どんな姿を見せてくれるのでしょうか。

期待と同時に、困難さもあろう前途を思うと、やはり応援したい、という気持ちが強いです。

そうそう、震災が発生しツアーの是非を検討した結果、セットリストを変えて臨もう、ということになったそうですが、アンコールのラストはチバユウスケの「誰かが」でした。染みました。
(2011.5.14 日比谷野外音楽堂)

2011/05/06

無欲の欲


連休中、2つの高校部活動のコンサートを見に行きました。
鶴見総合高校和太鼓部と都立東大和高校吹奏楽部で、いずれも3月中の公演予定が震災の影響でGWに延期されていたものです。

どちらも太鼓でつながりのあるメンバーがいる関係で足を運んだのですが、共通して感じたことがありました。

それは、男子部員が2人しかいないこと・・・は(重大ですが)おいといて(笑)、「無欲に」音楽を楽しんでいたことです。

自己表現・自分を見せる、ということはもちろん大切で、それを否定する意味ではありませんが、ブラスバンドのように作曲家が書いた曲をアンサンブルで演奏するとき、昔からの祭囃子や古典音楽を演奏するとき、「己を見せたい」という欲が先に立つと、見えるものも見えなくなるのです。

というよりも、僕自身も、秩父屋台囃子などの伝統的なお囃子、あるいは能や歌舞伎の古典音楽などに触れるようになって、だんだん己を捨てることができ、そこで初めて、一端かも知れませんが真髄に触れるというか、長ーく受け継がれてきたもの“そのもの”に触れられた気がするのです。

当世、高校生が純真無垢だというのは幻想かも知れませんが、少なくとも今回見た高校生たち、彼らの若さ、まじめさ、ひたむきさが、欲に邪魔をさせず曲そのものを楽しみ、そのことで曲そのものが持つ価値を知ることを可能にしたのではないか、と思います。指導者の見識と力量に因るところも大きかったのでしょう。

もう一つ、彼らが無欲になれたのは、やはり震災の影響があったのだと思います。
仲間がいて、楽器と場所と時間があって・・・という、今まで当たり前だと思っていたことにかけがえのない価値があったことを、一緒に過ごしてきたからこそ敏感に受け止め、やがて卒業して離ればなれになるいまの仲間との時間・演奏をもっともっと大切にしよう、そう感じたのではないでしょうか。

それは、見ている側にも伝わる、というより見ている側も同じ立場でした。
演奏というのは文字通り一期一会で、音は出た瞬間から減衰し、心に印象を残して消えていくもので、その瞬間の感動こそが最大の価値だと思います。取り戻すべき日常、大切にすべき時間が何かを、音楽を通じて演奏者も観客も共有することができたのではないかと思います。

「欲」も必要ですが、「無欲」は意識しないと得られない(無を得るというのも変な表現ですが)もの。精進したいと思います。

(5月3日 鶴見総合高校和太鼓部演奏会)

(5月4日 都立東大和高校吹奏楽部演奏会)

※写真は仙堂師匠および響の玉田さんからお借りしました。

2011/05/03

手玉にとられたレオさん〜レナード衛藤,TOKIE & SUJI〜

何だかんだと年に1回くらいは行っているレナード衛藤のライブ。
担ぎ桶太鼓のリズムとスタイル、セット太鼓のリフ(?)、音色の温かさと丁寧さでこの人の右に出るプレイヤーはいない、と常々思っていますが、今回はこれも大好きなベーシスト、トッキーことTOKIEさんとの“対決”ということで、楽しみにしていました。

トッキーはRizeの初代ベーシストとして知ったのが初めてでしたが、調べてみるとUAなどCDを持っているアーティストのアルバムに参加したりしています。
そのUAやBlankey Jet Cityのベンジーと組んだAJICO、これもBlankey Jet Cityの中村達也と組んだロザリオス、彼女自身のバンドUnkieなど、彼女のライブはたくさん観ていますが、レオさんとどんなことをやるのか、期待と興味たっぷりでした。

果たしてライブは、期待通りのミニマムなフレーズ合戦でしたが、あのレオさんがまったく手玉にとられ(本人もそれを楽しんでいた節がありましたが)、トッキーに踊らされているようでした。

手に汗握るスリルはいつものことなのですが、ベースと和太鼓という、同じ音域ながらも身体の違うところに作用する音のぶつかり合いの面白さ。相手に応じて変化するレオさんのハイレベルな「出たとこ勝負」さも、今回は文字通りベースがベースにあり、それに乗っかる快感を楽しみながらの「乗ったとこ勝負」な感じ。

こんなレオさん、というかこんな和太鼓は滅多に見られるモノではないでしょう。

タップダンスのSUJIさんとはもうお互いを知り尽くしている感じで、バランス的に理想的だった気がします。

タイコウチの端くれとして、このライブが観られたのは幸せでした。

(2011.4.21 南青山マンダラ)

▼Rize「カミナリ」PV このリフ(のようなもの)でレオさんがイカれました(笑)



2011/04/24

4月18日チャリティライブその2

チャリティライブ観戦レポートその2です。
雑感を並べてみます。

まず出演者ですが、

【第一部】 クラシック&J-POP 
岡田直樹(テノール歌手)/横山隆臣(作曲家・ピアニスト)
竹本洋介/堤千代司/徳寄瞬(シンガーソングライター)

【第二部】 邦楽・和楽器
仲林光子(琵琶・箏)/仲林利恵(みさと笛・能管)
柳家小春(寄席三味線)/菊地良則(尺八)
影山伊作/友野龍士/的場凜(和太鼓)
チェ・ジェチヨル(チャンゴ・ケンガリ他)
仙堂新太郎(小鼓他、音楽コーディネータ)

【第三部】 セッションライブ

という感じでした。


江戸囃子と歌舞伎の黒御簾音楽を題材にした「まつり幻想曲」。
仙堂師匠と友野龍士の「古典バトル」では、さすがに師匠が格の違いを見せつけていましたが、二人の“ブレスト古典ビート”はなかなか圧巻で、利恵さんの能管とのからみも実に見応えがありました。


龍士と影山さんの大太鼓バトルも含め、和太鼓奏者群は気合いの入った魂の演奏。犠牲者を悼みながら、自らの命を確認するかのようでした。


ここに韓国打楽器チャンゴのチェさんが参戦し、一転して「異種格闘技戦」へ。
和楽器奏者たちのつっこんだ魂をいったん平衡に引き戻した上で、手に汗握るビートバトルを展開!
和が現代的リズムを奏でるなかで、海の向こうから古典の風と香を呼んできたチェさんのパフォーマンスでした。
的場凜ちゃんの桶太鼓も、女性とは思えない?芯のある音で男3人と真っ向勝負。かつぎ桶は重力に頼りにくいところを筋力でカバーするため、“筋肉に邪魔されない”女性の打法のメリットが出にくいのですが、さすが厳しい世界を生きてきた凜ちゃんです。

曲は仙堂さんの「海わたる風」でしたが、The J.B.'fでもやってみたくなりました。
とうていこの日のようには出来ないでしょうが、固定メンバー故に「持ち曲」に出来るので、精進したいと思います。

和太鼓演奏の他、吉原のお座敷の音楽や、利恵さんのご母堂・光子さんの箏・琵琶など多彩な内容で、「隅田川の花火は明暦の大火の鎮魂からはじまった」という話も聞け、いろいろと考えさせられるステージでした。

2011/04/19

悼む人

昨日、震災後初めて「チャリティーライブ」を見に行った。その感想、というより改めて考えたこと。

被災地の状況を見るにつけ、いてもたってもいられない思いが強まる一方、仕事を投げ出すわけにもいかず、また、職業自体が損害保険という「ピンチのときのサポート」という性格上、それに勤しむことで、いまの苦難解決の力に少しでもなっていればいい、と言い聞かせてきた。

しかし太鼓打ちの端くれとして、いま何かをやるべきだがいったい何を…と、逡巡は折り重なっていった。
そうこうしているうちに1カ月くらいたって、ある朝震災のニュースを見て急に涙が出てきた。その後はもう、何を見ても目が潤む状態。ことの大きさを受け止めきれずただ慄いていた心が、ようやく事態に直面し始めた気がした。

何か心が宙にさまよっている状態のなかで、「自粛」している場合じゃない、何かしなきゃ、とチャリティーやら支援イベントやらいろいろ具体化を始める一方で、「何か忘れているんじゃないか」と心の隅に常にあった気持ちの正体が、最近になってようやくわかった。

それは、「死を悼む」ということ。

被害が直撃した地の人たちは、亡くなった家族や友人のことを心に大切にしまいながら、必死で明日を迎えようとしておられるのだと思う。そして東京でもいろんな人たちが、前に進んでいくための知恵と力を出し合い、アーティストはそれを応援したり、広げたり呼びかけたり、小さくならずにがんばっている。

だけど、足下を見ること、後ろを振り返ることを忘れていたのではないか。少なくとも自分自身はそうだった。
死びとの歳を数えてもしょうがない、と言われたりもするけど、これだけ多くの人が不幸な亡くなり方をした、そのことを心に刻みつけることは、やっぱり絶対に必要なのだと思う。

起こるべくして起こった災害、しかしあってはならない死、矛盾したこの二つを社会としてどう受け止めるのか、そのためにもまず死者と向きあい死を悼むのだ。

芸術には、人間のただ一つの感情の表現のすべてにすることが許されている。
そして過去の事実とそのときの感情を音に刻み、後世の人間の心に伝える威厳と尊厳が、音楽にはある。

悼みの曲は世界のどこにでもある。

この日のライブでも、追悼の歌が歌われ、花火のルーツが鎮魂にあることが語られ、自分の気持ちを確かめることができた。

日本には、世界中で演奏されている鎮魂の打楽器曲がある。自分にできるレベルの曲じゃないけど、挑戦してみることにした。

(2011.4.18.表参道スパイラルCAYにて。ライブの感想は次回)

2011/03/08

ロンドン発アジア!〜Asian Dub Foundation〜

洋楽をチェックしない僕も(好きですが)、CDショップでかかってたりレコメンドされてたりして聴くことになったものがいくつあります。
Asian Dub Foundationもその一つ。アルバム『TANK』が発売された2006年に、HMV渋谷でその存在を知りました。
(そういえばHMV渋谷が復活するという噂が)

当時すでに一定のキャリアがあり日本でも売れていたらしく、僕は「遅れて知った」部類に入ると思うのですが、とにかく一聴して即ハマりました。
好みでもあるミクスチャー系ヘヴィ・ロックと4つ打ちのDance Beatを土台としながら、発音とメロディ、サウンドにはエスニックな雰囲気がまるで自然に溶け込んでいます。ロンドン在住のインド・バングラディシュ人が中心のバンドだそうですが、大好きなロックの中でもやっぱりアジア寄りが好きなんだなー、と、抗えない本能を感じる音楽でした。僕にとっては。

前回の来日(確かクワトロだったと思います)を逃して、今回初のライブ参戦。5年間待ちのぞみました。会場はO-Eastとあって、(初めて来た人は)「こんな小さいとこでやんのー」と驚いていましたが、ライブハウスとしては大きい方なんですけどね。ADFクラスだと小さいのでしょうが、あの世界レベルのダイナミズムをちょうどいい大きさのハコで堪能できた、という感じです。

しかも会場の揺れ方はハンパなく、あふれんばかりの観客が前は飛びまくり後ろは踊りまくりの大好きな状況。最近は禁止しているところが多いダイブあり、興奮してステージにまで飛び入るタブーを犯す観客あり、と近年見かけない光景がまた興奮を倍増させます。

そうそう、観客にオトコが多いのも特徴でした。ざっとみ半々くらい? 男をライブに呼べる数少ないバンドですね。っていうかもっとライブ行こうよ男ども。

曲名を覚えていないのでセットリストは書けませんが、「エジプトでも、チュニジアでも、リビアでも、みんな何とかかんとか(英語わかりません・・)」とのMCで「A Histry of Now」に行ったときはぞくっと来ました。ロックほど、「今を生きる」という言葉が似合う音楽はないなー、と僕は思います。

(2011.3.4 SHIBUYA O-East)

「A Histry of Now」

「Burning Fence」

2011/02/20

Now is The Girl!(訂正済み)

ワタクシ的ジャパニーズロッカー3傑の一人、日暮愛葉の新バンド・The Girlの初ライブに行ってきました!(「傑」はもともとオトコですが、人物と意訳してくださいませ)


もうかっこ良すぎて何を言っても野暮になりますが、かっこ良かった!何度でも言います(笑)

ロックはやはりビートとリフ!
壮大なロックオペラも好きですが、武器はやはりリフです。

曲を知らなくても楽しめるのは、やはりその音楽の持つ力。
クラシック音楽は知っていてこそ楽しめる要素が多分にありますが(もちろん知らなくても楽しめますが)、ロックのように原始的な衝動を命にした音楽は、とことんミニマルに、というのが一つの勝負のしどころなんでしょう。

野暮はこれくらいにしますが、ロックが好きという人は観るべし!聴くべし!Mustです!
僕は春祭りの稽古始めで残念ながら行けませんが、次は3月6日下北沢です。


対バンの2つ(プラハデパートとcrypt city)もよかったです。
愛葉さんのライブの対バンは、趣味・試行的にはこれまでハズレなし。crypt city は中尾憲太郎さん(ex.Number Girl)のバンドなので当たり前かも知れませんが。



(2011.2.20 下北沢THREE)

2011/02/18

ラン・ラン! LANG LANG ! 郎朗!


なんかこんなひねりのないタイトルばっかですが…

初ラン・ラン@サントリーホールでした。
ピアニストを目的に観に行ったのは、何年か前のフジ子・ヘミング以来ですが、あのときはオケ付きだったので、ピアノ・リサイタルとしても(記憶にあるのは)これがはじめてです。

誰と比べてどうとか、そういうことはちっともわかりませんが、とにかく楽しそうで力強く、情熱に満ちている演奏でした。
とくにベートーヴェン3大ソナタの一、「熱情」は、まるで楽曲の「人格」と肩を組んで語らっているかのような、あるいはがっぷり4つのガチ相撲(笑)のような、楽器あるいは曲との対峙をまざまざと見せつけられました。

太鼓をやっていると、ソロの好きな人とそうじゃない人がいて、僕は後者なんですが、それは音楽を一人でやるという感覚にどうしてもなれない、要するに「内向的」なイメージへの敬遠があるからなんですが、ラン・ランのピアノを見ているとちっとも一人じゃない。
音楽の歴史や存在と自己を向かい合わせて、物理的なぶつかりあいが見えてくるような、そんな演奏です。
去年のいろんな経験から、ロックバンドのライブに行くように、クラシックでも「知っている曲」を聴く面白さがわかってきましたが、生憎この日は「熱情」を少し知っている程度だったので、今度行く機会があれば予習して行きたいと思います。そうするともっといろんなことがわかるでしょう。


この日のプログラムは以下の通り。アンコールはわかりません・・。
<ベートーヴェン>
ピアノ・ソナタ第3番ハ長調op.2-3
ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調op.57「熱情」

<アルベニス>
『イベリア』第1集から「エボカシオン」「港」「セビーリヤの聖体祭」

<プロコフィエフ>
ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調op.83「戦争ソナタ」
(2011.2.10 サントリーホール)

↓歴史的競演!

2011/01/27

無音のダイナミズム 〜日本音楽集団〜


日本音楽集団の第202回定期演奏会に行ってきました。

この日の主題は「創造の発展的継承」。その意味するところは僕にはわかりませんでしたが、第一部は「静」、第二部は「動」という感じだったので、前半は心地よく睡魔が襲ってきました(^_^;)

が、第一部最後の「金雀」は、この日の曲の中ではもっとも音数が少ない曲にもかかわらず、すっかり眠気も吹っ飛び、固唾を飲んで聞き入ってしまいました。

この「金雀」は「無音」をテーマにした曲で、舞台後方で客席側を向いた指揮者を真ん中にして6人の奏者が並び、身振り手振りも使って有音・無音を表現する、というものでした。

一瞬の緊張から徐々に弛緩していく、その流れを繰り返すなかで、客席にもその張りつめた空気が伝わってきます。指揮者を客席向きに配置したのも、それをねらってのことなのでしょうか。

短い曲でしたが、曲が終わったときにこぼれた奏者の自然な笑みが印象的でした。

八丈太鼓をたたくときなんかも、何拍分かの「間」には、万感の思いを込めます。
何もないところにすべてがある。例えるならブラックホールでしょうか?

音楽集団の演奏を見ていて、はじめてやってみたいと思った曲でした。
(やれるレベルではないですが)

さて、実はこの日の公演、京都時代から旧知の山内利一くんというタイコウチ・パーカッショニストが集団に入団してのデビュー戦でした。
僕がもっともリスペクトするタイコウチの一人ですが、いまの音楽集団は若返りを計っているらしく、これからもどんどん若い人が活躍しそうです。

次は7月14日、三木稔さんの名曲「マリンバ・スピリチュアル」や江戸囃子を元にした曲をやるようです。
楽しみです。興味のある方はぜひどうぞ。

2011/01/10

新年ダッシュはアラゲホンジ!


新年初ライブはアラゲホンジ! 1週間のご無沙汰でした(笑)。
今回は響・JBのメンバーも連れて行ったので、人を憚らず踊る人間が増えました。
曼荼羅2は初めてでしたが、写真を見て「あんまり踊れなそうだなー」と思っていましたが、
演奏を聴いてしまえばそんなことはお構いなしに踊ってしまいました。

もろ好みのファンキーなロックチューンに民謡が乗ると、こんなにも楽しいものなのか、と再認識。
やはり日本人だからでしょうか、日本のメロディーには脳幹あたりが反応するような気分です。

亮太よ、やはりアメリカに帰化する前に(笑)見ておくべきだったぞ。

早く次が見たい!

(2011.1.4 MAMDA-LA2)

2010/12/30

アラゲホンジ!アラゲホンジ!アラゲホンジ!

太鼓の世界から飛び出せない自分がとても小さく見えました。

「こういうことやりたかったねん!」というバンドにまた一つ出会えました。
あまりにやりたいことと近すぎて、自分でやるより見て踊ってる方が楽しい!と思ったくらいです(笑)。

アラゲホンジというのは、「東北民踊ロックバンド」を標榜する和洋折衷(というのが適当なのかは?ですが)バンドで、フジロック出演経験もあります。
この日のバンド編成は、Vo&G,G,B,Dr,和太鼓・鳴り物×2~3、篠笛、踊り、といったところ。リズミカルなギターをバックに…という野暮な説明より実物見た方が早いですね。




津軽、秋田などの東北民謡以外にも、阿波踊りや石川の唄、「りんご追分」などもあり、「ラッセーラ、ラッセーラ」「あやっとさー」と踊りっぱなしでした。

踊ってみてわかりましたが、あえて単純化すると、七頭舞や荒馬はタテノリ系、阿波踊りはヨコノリ系のような気がします。ロックのように拍を強調する音楽とのマッチングも違和感なく、それに加えて邦楽には基本的にない「和音」がバックアップして楽しい雰囲気も倍増。踊りの基本的な部分には洋の東西はあまり関係ないんだなー、と感じました。

1月4日に吉祥寺曼荼羅2で年明けライブがあるそうなので、興味ある人、踊りたい人はぜひ!

(2010.12.28 青山月見ル君想フ)

2010/12/21

Pop を宿したRock~チャットモンチー~

OKAMOTO'Sが19歳なのにいちばん驚いた(笑)

それはともかく、カレンダー見ると1年半ぶりのチャットモンチーでした。
今年は徳島(チャットモンチーの出身地)に阿波踊りを見に行ったのと、彼女たちも徳島で作ったアルバム『Awa Come』を秋に発売したものあって、これも楽しみにしていました。

『Awa Come』から4~5曲、この日発表された来年3月23日発売のNew albumから初披露の新曲2曲、逆にメジャーデビュー前のアルバムから「夕日哀愁風車」をやり、民生と同様、新旧入り混じったセットリストでした。

僕が見ている他のバンドに比べると(これがまたみんな上手いので)、演奏力としてはまだこれからの部分が大きいですが、やり慣れている曲ではかなりまとまった演奏、バンドサウンドになってきた感があります。「青春の一番札所」「親知らず」「Last Love Letter」ときて、4曲目の「Make up! Make up!」あたりから演奏も落ち着いてきてグルーヴやドライブ感に手応えも感じられました。逆に新曲はやはりちょっとおっかなびっくり感が・・・(笑)
しかし全体としては、アレンジを見ていても演奏自体をいままで以上に楽しめているようで、来年のツアーが楽しみです。新曲もよかったので、アルバムも楽しみ。

本編クライマックスでアクセル踏むあたりでは、Twitterでのリクエスト1位になった「夕日哀愁風車」を演奏。「(歌詞が若い時代のもので、26~7歳で演奏する曲じゃない、と)ずっと避けてきた曲」だったそうですが、中学生に戻れなきゃロックなんてやってる意味ないです(笑)。吉井和哉は「中学生を踊らせてこそロック」と言ったし、ヒロトは「14歳にしてやるぜ」と歌っています。デビュー前の彼女たちはもちろん知りませんが、この日この曲の演奏はおそらくその当時以上にパンキッシュで、「それでこそロックだよ!」としたり顔になって聴いてしまいました。
ロック聴きながら歳をとると大人と子ども両方の気持ちが分かるので(そう思ってるだけかも知れませんが)、まんざら歳をとるのも悪くない、年齢はやはり「重ねる」ものだなあ、と思います。

で、オーラス、アンコールのラスト「やさしさ」では、〝明日ダメでも 明後日ダメダメでも 私を許して それがやさしさ〟と歌詞1フレーズをひったすら繰り返し音と感情を増幅させていくチャットモンチー的ロック・ダイナミズムが余すところなく発揮され、しかも演奏もよくて、ミドルテンポのロックの醍醐味がたっぷり出ていました。ロックっぷりは過去最高で、確実に力をつけていますね。

(2010.12.18 中野サンプラザ)

2010/12/20

異色彩のブルース~Ego-Wrappin' with 八代亜紀

「舟唄」が頭から離れないー。
期待していましたが、他の人たちも期待していたらしく(当たり前か)、期待以上に盛り上がりました。

年末恒例の、東京キネマ倶楽部でのライブも今年で10周年、チケット倍率は毎年3~40倍らしいですが、幸運なことにここ数年は毎年行けています。デビュー当初はほんとに取れなかったんですが。

↓Midnight Dejavu 10年の軌跡


10周年と言うことで、本数も前後半合わせて8本、他に大阪とソウルの計10本。前半はゲストを呼んでのステージと言うことで、チケット当選後、ゲストの発表を心待ちにしていました。発表されたとき、意外性はあったものの違和感はまったくなく、あの元キャバレー(キネマ倶楽部は、映画館を改装して作ったキャバレーを改装して作ったライブハウス)で八代亜紀の生歌が聴けるとあり、メールを見て思わず「よし!」とつぶやいてしまいました。

当日、いつも終演が遅いので、予め軽く飲んだあと会場へ。
いつものセットを前にいつもの位置で開演を待っていると、客電が落ち森ラッピンとGoship of Jaxxのメンバーが登場。アニバーサリーイヤーのためか、珍しく森ラッピンのMCから始まりました。「10年やって来られて感謝している」みたいな話のあと、1曲目は「Work Song」、2曲目も「買い物ブギ」と、どちらも大好きなカバーが端から続きます。この辺も自分たちのルーツの提示を意識したのでしょう。

↓キャノンボール・アダレイ


↓笠置シヅ子は「ラッパと娘」がいっちゃん!


そしていつもとは少しまなざしの違うよっちゃん。
目が「どや?どや?」と強く訴えています。どや?と言っても「ドヤ顔」のそれではなく、「私らこんな感じやけどみんなはどう?」という顔。後からわかりますが、そうとう緊張していたようです。それはプラスに作用していましたが。
さらに髪型も盛り盛り。身長だけでも八代亜紀に対抗しようとしたようです(笑)。

中盤、「行くでぇ!」の号令のもと、「雨の慕情」の前奏がスタート。「女神」が姿を見せる前からフロアは最高潮にヒートアップし、よっちゃんがボーカルを取るというネタをかました後、演奏をリスタートさせて本人が登場、最高潮かと思われた会場はさらにヒートアップし、果ては「雨 雨 降れ 降れ もっと降れ」の大合唱に。やはり国民的スター、これぞ国民的名曲、というのを目のあたりにしました。

会場がキャバレーだったクラブシンガー時代の話を前振りに、スタンダードジャズのナンバー「You'd be so nice to come home」をよっちゃんとのツインボーカルで披露した後、まあ「お待ちかね」との表現しかできない「舟唄」へ。この流れの前振りのトークが心を打ちました。

話の流れの中では何気なくスルーしてしまうような話題だったのですが、こんな話でした。
「昔、演歌は〝流行歌〟と呼ばれ、誰もが知っていた。そして毎年、レコード大賞を取るようないい曲が4曲も5曲もあった。その中で『雨の慕情』が一番になった」という話です。
いまの音楽恐慌でもミリオンは出ますし、多くの若い人が知っている歌はもちろん生まれます。しかし「国民みんなが知っている曲、みんなが歌える歌が生まれなくなった」と多くの人が指摘するのも事実なようで、昔はみんなの心をつかむ曲が多くあったようです。
もちろんこれは、音楽の作り方というより、我々の生活スタイルそのものの変化によるところが大きいのだとは思いますが、和太鼓という老若男女に愛される文化に携わる人間としては、世代を超えて親しまれる歌がもっともっと生まれて欲しい、と思います。

「舟唄」で女王が退場したあと、「ブルース対決」ということで「色彩のブルース」へ。大好きな曲ですが、なにぶん「舟唄」の余韻が強すぎて、この曲といえどそれを消すことはできませんでした。次の「サイコアナルシス」でやっとEgoモードを取り戻せた感じです。



アンコールのラストでNat King Coleの「LOVE」をふんわりと聴いて、余韻を感じながら家路へ。
先日のBlues-the.Butcherではほんもののブルースに浸りましたが、今度は日本で言う「ブルース」にその後数日浸り続けることができました。

何やら今年はライブの当たり年のようで、過去最高クラスのアクトが続きました。
これでタイガースが優勝してれば言うことない一年でしたが(笑)
(2010.12.10 東京キネマ倶楽部)

2010/12/18

King of Rock Go Ahead !! ~奥田民生~

お気に入りのアーティストのライブに行くといつも、「こいつが一番!」と思いますが、やはり民生は民生、「King of Rock」でした。

いつものライブにも増して、戦いの最前線を飄々と進む彼の姿がかっこよく見えたのはなぜでしょうか。よくわかりませんが、今回不思議な感覚だったのが、昔の曲が昔の曲に聞こえなかった、ということです。

楽曲の良し悪しとか特徴、ということとはちょっと違い、また、「古い曲に新しい命が吹き込まれた」というのとも少し違います。
1曲目は僕の中では5本指に入る「人間2」。その後も「彼が泣く」「恋のかけら」と旧作からの連続で、4曲目にやっと今作『OTRL』から「音のない音」をやりました。セットリスト全編を通しても、新旧織り交ぜた構成だったのですが、何というか、今までのアルバム全部がこの前発売された、みたいな感じ。上手く言えない(^_^;)。ソロデビューした10数年前から今までの時間が圧縮された感じです。時の流れを飛び越えたような・・。

キャリアが四半世紀を超えたこと、ユニコーンを再結成し、「バンドマン」という立ち位置に再び立ったこと、現バンドメンバー(”MTR&Y”)になって数年たち、バンド力も決定的な水準になっていること、〝公開宅録〟という誰も考えつかないような裸一貫の勝負でアルバムを作り、おそらく無駄な思考を(今まで以上に)そぎ落としたこと・・・などなど、たぶんいろんな要素・要因があったのでしょうが、それがタイミングを一にして〝降りてきた〟状態にあるのでは、という気がします。ちょっと神がかっている感じです。

バンド力で言えば、前のバックバンド(G:長田進、B:根岸孝旨、Dr:古田たかし、Key:斉藤有太)の演奏として最高の到達だと僕が思っている「E」から、「ハネムーン」へ中盤の演奏を聴いたとき、「このバンドもついにここまで来たか」と感じました。「E」のエレキチューンにもしびれましたが、とくに「ハネムーン」は、歌詞の深遠な切なさをそのまま表現するかのような演奏で、圧倒されました。

「3曲目がピーク、あとは終わりに向かってテンションは下降線」という、いつもの天の邪鬼トークと裏腹に、いつも以上のテンションで吠えまくる民生。アンコールで出てきたときにツェッペリンのリフを奏でて(危うく?「Whole Lotta Love」が始まりそうになりましたが)、演奏したくてうずうずしている有太&雅史、「50歳児」(実は来年還暦)と呼ばれ子どものようにはしゃぐ礼さん・・・過去の民生のライブのなかで、1,2を争う出色の出来でした。齢五十を待たずしてミュージシャン仲間から「レジェンド」と呼ばれるのも頷けます。

個人的には、僕が三十歳になるときに発売された「花になる」(僕の曲だと勝手に思っています)が久しぶりに聴けたのもよかったです。その当時はあまり思いませんでしたが、相対的な年齢差が縮まって来たせいか、「花~」を聴いて、彼の姿を見て、「民生のような男になりたい」と初めて思いました。どうすりゃいいのかわかりませんが(^_^;)。

民生はおそらく、(暗い意味ではない)展望のない世界、つまり道も光もない世界、進むべき方向さえ指し示されていない世界の先頭を走っている気分なのだと思います。道しるべがないのは芸術だから当たり前かも知れませんが、彼の後を追いかけるミュージシャンはゴマンといることが、「方向はないのに先頭がある」この世界の面白さと厳しさを象徴しているのではないでしょうか?
(2010.12.14 神奈川県民ホール)

2010/12/08

30年のトップランナー~林英哲~

さすがに圧巻、さすがに林英哲のステージでした。

僕の好みとは少し異なりますが、和太鼓界ではいわゆる「一人打ちスタイル」を築き上げた草分けであり、現在も最先端を行く押しも押されもせぬ第一人者です。
タイコウチの端くれとしてはたまにチェックしとかないと、と思ったのと、通っている床屋の常連さん(ヴァイオリニスト)がゲストで出演される、ということで、久しぶりにソロコンサートに足を運びました。
行ってみて知ったのですが、久しぶりだったのもそのはずで、単独公演は11年ぶりだったそうです。

第1部はセット太鼓中心、第2部は大太鼓中心のプログラムで、第1部は率直にいって面白みに欠けていたうえに、S席なのに演者が見えない局面があり、「がっかりだー」と思っていましたが、一転第2部はこれが60の声を聞こうかという人とは信じられないくらい、圧巻でした。

大太鼓をこれほど楽器として打ちこなしている人、使いこなしている人はいないでしょう。
彼の太鼓(ビートや音)は直線的なので、僕らやそれより若い世代になると、セット太鼓ではもっと揺れや丸みが欲しくなり音楽的な好みは異なってしまうのかも知れませんが、大太鼓はもやは独壇場。見事に手玉にとられた感じでした。

ゲストのヴァイオリン&オルガンとのコラボは、ヴィターリという名前からしてイタリア人?の曲をやりました(僕はよく知りません)。前半は決まった曲に太鼓をあわせてる感じで、大太鼓の魅力がいまいち発揮されませんでしたが、後半、即興(ではないんでしょうが)的な部分にさしかかると、怒濤のような音で会場を包み込む、というか音の飽和状態にします。人の曲を使わずに、最初からインプロで行った方がよかった気がしますが、それにしても、あの齢にして他の追随を許さない大太鼓は見事というほかありません。

読経とのコラボもありましたが、これははじめから期待していたので、ばっちり好みの音楽が聴けてラッキーでした。

というような複雑な感想のステージでしたが、英哲さんの歳を考えるともうあんなものは見られないんでしょうかねー。見ておいてよかったです。
(2010.12.6 サントリーホール)

2010/12/02

ROCKで踊れ!〜Triceratops〜

どうやら〝踊れるロックの最高峰〟という称号を与えられたらしいTriceratops。
実際のところその通りです。タテにもヨコにも揺らせるバンドとしては唯一無二の存在、タテノリの振幅×ヨコノリ振幅の値=ノリの「面積」は、国内最大だと思います。

等身大の詞世界とキャッチーでラブリーなメロディ、それに対置するかのような、ギターリフ主体のコアなロックサウンド。そして何よりも、それらを一つの音楽にまとめ上げる確かな演奏力と野太いクルーヴ…褒めすぎかも知れませんが、数多のバンドに真似できるレベルではありません。

今作『We Are One』はそんな彼らの彼ららしさが全面ににじみ出ている作品です。藤井フミヤ、May.J、菅原卓郎(from 9mm Parabellum Bullet)という三組とのコラボがいっそう、彼ららしさを引き立てています。

彼らのライブに行くようになってもう10年ほどになりますが、相変わらずVo.の和田唱は口から生まれたかの如く多弁(≠雄弁)で、しゃべりだしたら止まりません。滔々と「リ、リフってのは…」「ブブ、ブルースってのは…」とハート先行でアツく語るシーンはもはやライブの定番とも言えます。
「半径50cm(の世界しか歌わない)」と言われた1st,2ndから3rdアルバムへ、歌詞の世界観が変化し始めたころから、一貫して「ロックを高みに持って行きたい」と話していましたが、10年経ち「踊れるロックの最高峰」という称号を得て思うのは、「自分の曲を聴いてくれ、俺達を見てくれ」という欲求以上に、「ロックってこんなこともできるんだ!」ということを伝えたい思いの方が強かったのだということです。

奥田民生も「自分とお客さんが楽しめるのであれば、(ライブでやるのが)自分の曲である必要は全くない」とよく言いますが、その無欲さが、逆にみんなに愛される曲をつくることにつながっているような気がします。必要以上の我欲を捨ててこそ、普遍的な芸術の価値に接近できるのかも知れません。

そんな彼らはライブでよく、カバーや名フレーズのメドレー、あるいはインプロヴィゼーションなどをやります。
今回はサプライズでMay.Jが出演したこともあり、ベースソロ、ドラムソロも含めそういうシーンがなかったのはロックファン、トライセラファンとしてはやや物足りないところはありましたが、ライブ自体はアルバムが会心作となったこともあり、お客さんのノリも最高でした。

とにかく、来たとき以上に帰るときに元気になれるのがトライセラのライブですが、それはやはりロックの普遍性を体現しているからだと思います。
(2010.12.1 SHIBUYA-AX)