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2012/01/02

随想2011その1〜算数を歪曲する数学〜


あけましておめでとうございます。

昨年を振り返り、グダグダ書くと長文になってしまうので、トピック毎に綴ってみます。

◆震災と原発
まだ何も評価できる状況ではないですが…
政治と経済と産業と科学・学問の関係、メディアの功罪、行政と市民生活、身の丈200cm足らず・急いでも時速30kmのホモ・サピエンスの「身の丈にあった生活」とは何なのか・・。これから答えを出さなければなりません。
この1年、とくにメディアの報道などに接し、一番感じたのは「数学が算数を歪曲する」ことでした。

質量保存の法則というのがあります。
原子核の崩壊熱のエネルギーは、形を変えどこかへ行きます。
放射性物質はその放射能を蓄えたまま、どこかへ行きます。
「冷温停止」で収束、なんてあり得ないのです。

年間被曝量は足し算です。
足されるべきもとの数字がわからなければ、いくら公式を示されたって計算しようがない。
そもそも、種々の放射線が体細胞をどれだけ破壊するのか、わかってないことのほうが多い。
数の数え方も、計算結果の有意性もわからないもとで何を理解し対処しろというのか。

働いた分のエネルギー=価値は、生産物に移転します。
働いてるのに豊かにならないのは、価値がどこかに流れているから。
モノがあふれてるのに働く場が失われるのは、価値の循環に抜け穴があるから。

単純な「足し算・引き算」で考えれば「おかしい」と思うことが、
数学で糊塗され隠蔽され歪曲されていくさまは、学問が欺瞞と裏腹であることを露わにしました。
我が身の中の「ものさし」と「そろばん」を、もっともっと大事にしなければ、と思った1年でした。

足し算の復権を、です。

2011/08/03

7月の...


気が付けば8月になってました。
7月の出来事をまとめて。いろいろありました。

■初体験
まず、「手術」と「整骨院」を初体験しました。
手術といっても傷口の縫合だけですが、徹夜明けの歩行中に眠気に襲われ転倒、唇を切りました。
この日はたいしたことないと思って太鼓の練習→阿波踊りの練習→ライブ観戦とフルコース。帰宅してよく見るとどえらいことになっていたので、翌朝一番で病院に行った次第です。

整骨院の方は、寝違えた痛みがひどくなり、整骨院で見てもらうと、脊椎の神経が圧迫されて痛みやしびれがでているとのこと。1週間ほど揉み治療に通いました。

もう無理が利かない歳になっていることを自覚しろ、と言われた気分です。


■ライブいろいろ
相変わらずライブには足を運んでいますが、7月は重要なのがいくつもありました。

7月3日 田楽座in中野市
川崎太鼓仲間・響を卒業し、昨年プロになった尾上綾菜の一般公演(ホール公演)デビューを見に長野県まで足を運びました。
僕と同様「演技」のできないタイプだった彼女が、演奏はもちろん、立ち居振る舞いの所作まで、見事にプロになっていました。
公演が始まった瞬間は少し目が潤んだのですが、すぐに一観客の気分になり、公演を楽しみました。
彼女のがんばりと同時に、座員を育てる田楽座の力にあらためて感じ入りました。

7月9日 古立ケンジ「Terra rossa marre blu ~赤い大地 青い海~」
名古屋のGONNAから独立し、上京してソロ活動を続けているケンちゃんのリーダーライブでした。GONNA立ち上げの頃からの交遊もあり、響の若者たちを連れてスタッフ兼観客で楽しみました。
いまの和太鼓業界にありがちな、力と勢い、様式美だけにまかせる演奏ではなく、音の響き、重なり、紡ぎ出されるリズムとグルーヴなど、和太鼓の多面的な魅力をとことん楽しもうというライブで、先輩格の奏者たちが盤石のバッキングを務めるなか、プレイヤーと楽曲の魅力が全面に出た演奏になっていました。

7月10日 EGO-WRAPPIN'
日比谷野音でのエゴ。都心のオアシスで夕空の下、という最高のシチュエーション。唇は負傷して缶ビールが飲めないのが心残りでしたが、久々の野外ライブを堪能しました。

7月14日 日本音楽集団定期演奏会
元祭衆の山内利一くんが先年入団し、本格参加後初となる東京での定期演奏会でした。江戸囃子と黒御簾音楽を融合させた「祭」や三木稔氏の「マリンバ・スピリチュアル」など、仙やThe J.B.'fで取り組んでいる曲をやるということで、仙メンバーも大挙して見に行きました。コンサートもよかったですが、代表の田村氏が新入団メンバーを紹介し、意識的に世代交代をすすめようとする姿に共感を覚えました。

7月18日 アラゲホンジ1stアルバムリリースパーティ
これはもう気持ちを伝える言葉が見つかりません。アルバム聞いてください、ライブ見てください、というのみですが、相馬盆唄などアルバム未収録の曲や、ライブでの初演奏となる「秋田音頭」など、リリパならではのステージをたっぷり楽しみました。

■復興を目指して
響の代表が太鼓仲間に呼びかけて結成した「和太鼓でつながろう!震災復興をめざす実行委員会」の取り組みとして、7月いっぱいで避難先の川崎・とどろきアリーナからの退去を余儀なくされた南相馬市の方々を励まそうと、16日に太鼓演奏と盆踊りを企画しました。
復興と生活再建に向けた前途はいまだに厳しいものがあり、太鼓を叩くだけで何かがやれたというわけではありませんでしたが、太鼓や踊りをやっていなければ南相馬の方々とのつながりもなかったことを考えると、音楽や踊りにはやはり人と人を結びつける力があるのだなあ、と再認識しました。これからもっともっと知恵を絞って、何が出来るか、何をやるべきか、考えていきたいと思います。


あとは脱原発の集会で演奏したり、マーラーの映画を見たり、夏本番が近づく阿波踊りの稽古に励んだりといろいろあった7月でした。そしていろんなことを考えました。がんばります。

2011/06/21

シフコビッチ来日!



この間いくつかライブを見ましたが、そのなかからいくつか感想を。

まずN.J.シフコビッチの来日公演から。
ワークショップを見たことはありますが、コンサートとしての演奏を見るのは初めてでした。
仙堂新太郎師匠の知人である上野信一さんの公演にゲスト的位置づけで参加し、全編シフコビッチ作品の中、何曲か(「リズムの神々への祈り」「ストラー」「ラメント・エ・ダンツァ・バルバラ」他)を自ら演奏しました。

日本が昔から好きだったらしく、震災の困難のなか「絶対に来日する」という固い決意で来て頂いたようです。
洋楽打楽器の世界はよくわからないのですが、とにかく野性の固まりのような人でした。

GONNAが和太鼓で演奏している「ラメント~」も演奏されましたが、洋楽打楽器の世界観はこういうものかー、という気がしました。なるほどそういう意味では、原曲の世界観を表現できているので、原曲らしさに触れられた機会でした。
和太鼓での表現は、作者の意図とは別のところで、より深いというか、古の世界観を呼び覚ますものになってます。楽曲に新しい命を吹き込んだ、ということでしょうか。

もちろんGONNAという水準の高い演奏だから出来る面もあるのでしょうが、僕らもトリオ・パ・ウノを演奏しているので、そういった世界観を探求していきたいと思います。

MCでシフコビッチ氏は、日本への多大な感謝を繰り返し表明していました。(だから日本がたいへんな時に来日して演奏したいのだ、とも)
氏、日本の大使館・領事館・外交官が、文化交流や教育支援のためにいろんな国でがんばっているのを見てきたからだ、といいます。「ユーゴは内戦時に外国=NATOによけいなことされたけど…」みたいなニュアンスの話と比較していました。
仙堂師匠に以前聞いたところによると、外交官の人たちは、文化交流のお粗末な予算をカバーするためにポケットマネーでいろいろと骨を折っておられるようです。国(政府)としてはあまり褒められたモンではないですが、そうした取り組みが喜ばれているのはありがたいことです。

(2011.6.1. 国立オリンピック記念青少年総合センター小ホール)
編集済み

2011/05/06

無欲の欲


連休中、2つの高校部活動のコンサートを見に行きました。
鶴見総合高校和太鼓部と都立東大和高校吹奏楽部で、いずれも3月中の公演予定が震災の影響でGWに延期されていたものです。

どちらも太鼓でつながりのあるメンバーがいる関係で足を運んだのですが、共通して感じたことがありました。

それは、男子部員が2人しかいないこと・・・は(重大ですが)おいといて(笑)、「無欲に」音楽を楽しんでいたことです。

自己表現・自分を見せる、ということはもちろん大切で、それを否定する意味ではありませんが、ブラスバンドのように作曲家が書いた曲をアンサンブルで演奏するとき、昔からの祭囃子や古典音楽を演奏するとき、「己を見せたい」という欲が先に立つと、見えるものも見えなくなるのです。

というよりも、僕自身も、秩父屋台囃子などの伝統的なお囃子、あるいは能や歌舞伎の古典音楽などに触れるようになって、だんだん己を捨てることができ、そこで初めて、一端かも知れませんが真髄に触れるというか、長ーく受け継がれてきたもの“そのもの”に触れられた気がするのです。

当世、高校生が純真無垢だというのは幻想かも知れませんが、少なくとも今回見た高校生たち、彼らの若さ、まじめさ、ひたむきさが、欲に邪魔をさせず曲そのものを楽しみ、そのことで曲そのものが持つ価値を知ることを可能にしたのではないか、と思います。指導者の見識と力量に因るところも大きかったのでしょう。

もう一つ、彼らが無欲になれたのは、やはり震災の影響があったのだと思います。
仲間がいて、楽器と場所と時間があって・・・という、今まで当たり前だと思っていたことにかけがえのない価値があったことを、一緒に過ごしてきたからこそ敏感に受け止め、やがて卒業して離ればなれになるいまの仲間との時間・演奏をもっともっと大切にしよう、そう感じたのではないでしょうか。

それは、見ている側にも伝わる、というより見ている側も同じ立場でした。
演奏というのは文字通り一期一会で、音は出た瞬間から減衰し、心に印象を残して消えていくもので、その瞬間の感動こそが最大の価値だと思います。取り戻すべき日常、大切にすべき時間が何かを、音楽を通じて演奏者も観客も共有することができたのではないかと思います。

「欲」も必要ですが、「無欲」は意識しないと得られない(無を得るというのも変な表現ですが)もの。精進したいと思います。

(5月3日 鶴見総合高校和太鼓部演奏会)

(5月4日 都立東大和高校吹奏楽部演奏会)

※写真は仙堂師匠および響の玉田さんからお借りしました。

2011/04/24

4月18日チャリティライブその2

チャリティライブ観戦レポートその2です。
雑感を並べてみます。

まず出演者ですが、

【第一部】 クラシック&J-POP 
岡田直樹(テノール歌手)/横山隆臣(作曲家・ピアニスト)
竹本洋介/堤千代司/徳寄瞬(シンガーソングライター)

【第二部】 邦楽・和楽器
仲林光子(琵琶・箏)/仲林利恵(みさと笛・能管)
柳家小春(寄席三味線)/菊地良則(尺八)
影山伊作/友野龍士/的場凜(和太鼓)
チェ・ジェチヨル(チャンゴ・ケンガリ他)
仙堂新太郎(小鼓他、音楽コーディネータ)

【第三部】 セッションライブ

という感じでした。


江戸囃子と歌舞伎の黒御簾音楽を題材にした「まつり幻想曲」。
仙堂師匠と友野龍士の「古典バトル」では、さすがに師匠が格の違いを見せつけていましたが、二人の“ブレスト古典ビート”はなかなか圧巻で、利恵さんの能管とのからみも実に見応えがありました。


龍士と影山さんの大太鼓バトルも含め、和太鼓奏者群は気合いの入った魂の演奏。犠牲者を悼みながら、自らの命を確認するかのようでした。


ここに韓国打楽器チャンゴのチェさんが参戦し、一転して「異種格闘技戦」へ。
和楽器奏者たちのつっこんだ魂をいったん平衡に引き戻した上で、手に汗握るビートバトルを展開!
和が現代的リズムを奏でるなかで、海の向こうから古典の風と香を呼んできたチェさんのパフォーマンスでした。
的場凜ちゃんの桶太鼓も、女性とは思えない?芯のある音で男3人と真っ向勝負。かつぎ桶は重力に頼りにくいところを筋力でカバーするため、“筋肉に邪魔されない”女性の打法のメリットが出にくいのですが、さすが厳しい世界を生きてきた凜ちゃんです。

曲は仙堂さんの「海わたる風」でしたが、The J.B.'fでもやってみたくなりました。
とうていこの日のようには出来ないでしょうが、固定メンバー故に「持ち曲」に出来るので、精進したいと思います。

和太鼓演奏の他、吉原のお座敷の音楽や、利恵さんのご母堂・光子さんの箏・琵琶など多彩な内容で、「隅田川の花火は明暦の大火の鎮魂からはじまった」という話も聞け、いろいろと考えさせられるステージでした。

2011/04/19

悼む人

昨日、震災後初めて「チャリティーライブ」を見に行った。その感想、というより改めて考えたこと。

被災地の状況を見るにつけ、いてもたってもいられない思いが強まる一方、仕事を投げ出すわけにもいかず、また、職業自体が損害保険という「ピンチのときのサポート」という性格上、それに勤しむことで、いまの苦難解決の力に少しでもなっていればいい、と言い聞かせてきた。

しかし太鼓打ちの端くれとして、いま何かをやるべきだがいったい何を…と、逡巡は折り重なっていった。
そうこうしているうちに1カ月くらいたって、ある朝震災のニュースを見て急に涙が出てきた。その後はもう、何を見ても目が潤む状態。ことの大きさを受け止めきれずただ慄いていた心が、ようやく事態に直面し始めた気がした。

何か心が宙にさまよっている状態のなかで、「自粛」している場合じゃない、何かしなきゃ、とチャリティーやら支援イベントやらいろいろ具体化を始める一方で、「何か忘れているんじゃないか」と心の隅に常にあった気持ちの正体が、最近になってようやくわかった。

それは、「死を悼む」ということ。

被害が直撃した地の人たちは、亡くなった家族や友人のことを心に大切にしまいながら、必死で明日を迎えようとしておられるのだと思う。そして東京でもいろんな人たちが、前に進んでいくための知恵と力を出し合い、アーティストはそれを応援したり、広げたり呼びかけたり、小さくならずにがんばっている。

だけど、足下を見ること、後ろを振り返ることを忘れていたのではないか。少なくとも自分自身はそうだった。
死びとの歳を数えてもしょうがない、と言われたりもするけど、これだけ多くの人が不幸な亡くなり方をした、そのことを心に刻みつけることは、やっぱり絶対に必要なのだと思う。

起こるべくして起こった災害、しかしあってはならない死、矛盾したこの二つを社会としてどう受け止めるのか、そのためにもまず死者と向きあい死を悼むのだ。

芸術には、人間のただ一つの感情の表現のすべてにすることが許されている。
そして過去の事実とそのときの感情を音に刻み、後世の人間の心に伝える威厳と尊厳が、音楽にはある。

悼みの曲は世界のどこにでもある。

この日のライブでも、追悼の歌が歌われ、花火のルーツが鎮魂にあることが語られ、自分の気持ちを確かめることができた。

日本には、世界中で演奏されている鎮魂の打楽器曲がある。自分にできるレベルの曲じゃないけど、挑戦してみることにした。

(2011.4.18.表参道スパイラルCAYにて。ライブの感想は次回)

2011/04/01

PLAY FOR JAPAN !!

海外からの"Pray for Japan"のメッセージに応えてか、日本のミュージシャンたちが1枚1000円の震災救済支援コンピ・アルバムのリリースを重ねています。すでにvol.10まで作成され、300万円を超える売り上げが義援金として送られたとのこと。

Vol.7にはアラゲホンジの「真昼のゆめ」が、彼らの1stアルバムリリースに先駆けて収録されています。
その他、S.F.U.の中川さん、トンコリのOKIさんなどの大御所も含め、200近いアーティストが参加しています。

以下、制作者のメッセージと収録アーティストをご紹介します。ぜひ、1枚2枚とお買い求めください。
僕はとりあえず2,3,4,5,7あたり買います。
タイトルをクリックすれば、購入サイトに飛べます。

<以下転載>
東日本大地震救済支援コンピレーション・アルバムです。アルバム・タイトル『Play fo Japan』には、「日本の未来のために演奏する」と言う意味を込めています。我々の思いが、少しでも被災地に届きますように。みなさん、一緒に、粘り強く、再建と復興をめざして歩んでいきましょう。

DL期間 : 2011年3月17日〜2011年6月16日
ディレクター : 小林美香子 / 佐々木亘
マスタリング : 岩谷啓士郎
ジャケット・デザイン : 名倉剛志

Play for Japan Vol.1
あたりめ, ハレルヤ, Labor, Parts, MONO, ウミネコサウンズ, オガサワラヒロユキ, sgt., Aureole, world's end girlfriend, number0, TREMORELA, クラムボン, MODLUNG, holiday in tampere club, FLEET, clams, the chef cooks me BAND, フラバルス, Asohgi, elekibass

Play for Japan vol.2
ハリー細野, THE CHOW CHOW CATS, TOSHIYUKI YASUDA, DODDODO, Kama Aina, 菊地成孔, STUTS, BiS, SHABUSHABU, African Head Charge, 高田 漣, ショピン, 加納良英(and Young...), superdumb, ASUNA, 沖 仁, ヴァガボンドcpa, コシミハル, Shinji Masuko a.k.a DMBQ / Boredoms

Play for Japan Vol.3
ゆーきゃん, エマーソン北村,Fragment, NGATARI, Kip Hanrahan, JAZZIDA GRANDE, BESHALIST, JB, keiichiro shibuya, EeL, BooT, convex level, とりP, YAMANE, Paranel, EeMu, audio active, タカラダミチノブ, Pawn, Geskia, 不可思議/wonderboy

Play for Japan Vol.4
イリシットツボイ, ECD, LIKKLE MAI, Limited Express (has gone?), TIALA, the mornings, moools, BLACK GANION, Saddles, あらかじめ決められた恋人たちへ, SAFARI, TRADEMARKS, MASTERPEACE, ガロリンズ, OKI DUB AINU BAND, GOD'S GUTS, Earth No Mad From SIMI LAB, younGSounds, pasadena and クリテツ, V/ACATION

Play for Japan Vol.5
朝日美穂, folk enough, nontroppo, halos, STARBOARD, ユピトーク, 松崎ナオ, World Standard, ロボピッチャー, SEBASTIAN X, SAKANA, 青葉市子, 柳原陽一郎, 佐久間正英(Masahide Sakuma), WEARE!, BOWZ, NolenNiu-de-Ossi, THE CORONA, Traks Boys

Play for Japan Vol.6
dry as dust, おとぎ話, THE BITE, worst taste, Weekend, SPANOVA, lily of the valley, 東京カランコロン, Turntable Films, This World Is Mine, Sorrys!, broken little sister, 石毛輝, アナ, トレモロイド, 空中ループ, idea of joke, LITTLE CREATURES, PaperBagLunchbox

Play for Japan vol.7
山田庵巳, 日比谷カタン, acari, VIDEO, Kanina, ツチヤニボンド, ひらくドア, PLASTIC GIRL IN CLOSET, swimmingpoo1, MOROHA, 半澤則吉, 高畠俊太郎, 井乃頭蓄音団, HELLO HAWK, BLUEⅢ, 呂布, アラゲホンジ, カナタトクラス, 金田康平(aka.THE ラブ人間), 中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)

Play for Japan vol.8
佐立努, 転校生(WEEKEND), FLOWER TRIANGLE, Panorama Family, MACKA-CHIN, HAIIRO DE ROSSI, Ambient Chameleon, TREMORELA, DOTAMA, the SHUWA, joseph nothing, us, Tam Tam, ときめき☆ジャンボジャンボ, LIKA, G-Ampere, JUICEBOXXX, BUPPON, Shingo Suzuki, VOLO+piz? Tracked by jjjj

Play for Japan vol.9
俺はこんなもんじゃない, 4CE FINGER, Mitsunori Sakano, WEEKEND, sakuHana, gimmickaholic, GROUNDCOVER., fishing with john, Handsomeboy Technique, キツネの嫁入り, 白波多カミン, FLUID, Vampillia, Currots, スガダイロー, GAGAKIRISE, 柳原陽一郎, BALLOONS, BEAT CARAVAN, SOSITE, 笹口騒音ハーモニカ(太平洋不知火楽団), ドブロク

Play for Japan vol.10
Polar Chalors (HATA from Dachambo, SINSUKE FUJIEDA), Tyme., imaginion, PADOK, 有明け, 中村好伸, 綾戸智恵, sominica, 夢中夢, グリンフィールドのアフターダーク, Gak Sato, Shinsaku Moriyama from PETSET, minamo, monocism, üka, 坂本美雨 with 中島ノブユキ+高田漣, enami Taisuke(江南泰佐), Harp On Mouth Sextet, 4 bonjour's parties

2011/03/31

裏方の出番

自分は裏方タイプだと思っています。

もともと脚光をあびるのが極度に苦手で、本来舞台に立てるようなタイプの人間ではないのですが、それでも音楽・太鼓は好きなので、ステージに立ったりもします。

プレイヤーよりスタッフの方が好きなのですが、プレイヤーとして立つときも、“裏方職人”的なポジションを好みます(力量は求められるのですが)。

僕が参加させてもらっている秩父の祭りとお囃子が大好きなのは、裏方の面目躍如っぷりが実感できるからです。
すなわち、囃子手は祭りの中ではまったくの裏方であり、そもそも見えない山車の中ではたいています。曳き子と若行事(主役)を励まし、祭りを盛り上げ、山車を動かすための音楽です。

ステージで「主役」になるときも、「脇役精神」は忘れずにやってきたつもりです。

震災発生後、いろんなものが「自粛」の名の下に中止に追い込まれています。
経済的ダメージを考えると、もちろんいろんなことの規模を縮小することは避けられないのですが、祭りや音楽まで、文字通り「鳴りを潜め」てしまうのは、どうしても不自然です。

自分が目立ちたいだけ、自分を売り込みたいためだけに音楽をやってきたのであれば、「自粛」という選択肢もあるでしょう。(生計の問題を除けば、ですが)

でも、全国のミュージシャンのみなさん、アーティストのみなさん、ほんとにそれだけですか?

歌や音楽を通して、生きる価値や意味を分かり合い分かちあうことに、意味を見つけていたのではないですか?

何があっても前に進む、そのための励まし、慰め、労り、怒り、悲しみ、喜び、悩み、痛み、苦しみ、迷い、確信、力…それを音にしていたのではありませんか?

かくいう僕自身も、被害のあまりの大きさに、まだ何も実感できず心が空中をさまよっているような、そして自粛と言うよりは萎縮している感覚の中にいます。
でも、彼の地の有り様を思ったとき、「自粛」が果たして意味のあるものなのか、むしろその反対物になっているのではないか、という気がします。

いま、音楽の「脇役的役割」を発揮すべきときではないでしょうか。

すでにギリシャ時代から職業的芸術家は存在し、芸術は一方で「主役」の道を歩んできましたが、あらためて原点に回帰するときが来たのではないでしょうか。

裏方の出番、だと思います。

OOIOO「SOL」



“OOIOO” are
 Yoshimi (vocal, guitar, keyboard, tp) 
 KayaN (guitar) 
 AyA (bass) 
 AI=OLAibi (drums, percussion)

2011/03/28

石原都知事への反論

3月11日、東北地方太平洋沖地震。

東北地方の損害がいったいどのくらいなのか、まだ誰にも想像がつかない。
インフラ復旧どころか、土地や海という、基盤の下の「土台」そのものが破壊され汚染され、マイナスからの再出発だろう。

復興の意味を、「震災前の状態に戻す」ことより「新たな社会と産業をつくる」と捉えなおす必要があるのでは、と思う反面、かけがえのないものが失われ、取り返しのつかないことになった、という喪失感の大きさを自分でもはかりかねている。

岩手の中野七頭舞、さんさ踊り、鬼剣舞、福島の斉太郎節など、僕が直接・間接に触れてきた民俗芸能のなかでも、やはり東北地方のものはとても多い。僕が直接知っている方で犠牲になった方はおられなかったが、家をなくし避難生活を送っておられる方もいるし、親戚を失った方もいるし、当然ながら商売の見通しが立たない、という方もいる。

そして放射能は、黒潮にのれば北東北へ、親潮にのれば銚子沖へ。漁業・海産業も深刻な害を被る可能性がある。

もちろん被災地の現状は、生存のための衣食住とエネルギー源が確保できるかの瀬戸際であり、文化・芸能を云々する状態でないだろうけど、一方で、土地に根付いた文化・芸能まで失われてしまえば、いったい「地元」と呼びうるアイデンティティはどうなってしまうのだろう? 土地を追われた方々を結びつけるものは何なのだろう?
(と書いていたところへこの記事がリツイートされてきた)

ここ東京にもたくさん芸能はあり、三宅島や八丈島の太鼓は全国的に有名だ。
三宅島のみなさんが噴火による火山性の毒ガスで島を離れることを余儀なくされ、それでも島での生活を取り戻そうと苦労を重ねていたとき、当時の都知事は、「なぜ人が住めない三宅島に住もうとするのか」と言い放った。

この知事の「暴言王子」ぶりは言わずもがなで、「障害者に人格はあるのか」「世の中の悪しきものはババア」「震災は天罰」などその枚挙に暇がないが※、三宅島への暴言はとりわけ僕の心につきささった。

それは、「暴言」ではあっても「暴論」ではないと感じたからだ。つまり、「住みにくいところに無理をしてでも住むことにどれほどの意味があるのか」という問いに対して、「すまなきゃいいじゃん」というのが一つの回答として成り立っているからだ。ただし、行政権力の長が言っていい言葉ではない。

言いたいのは、この問いは、被災地に住むか否かを問わず、僕らののど元に突きつけられた問いではないか、ということだ。和太鼓打ちには今、自分たちの存在意義がいろんな意味で問われていると思う。

僕の答えははっきりしている。

東北の寒さと農と人がなければ、七頭舞は生まれなかった。

八丈島の潮風と太陽と人がなければ、八丈太鼓は違う太鼓になっていた。

三宅島の人たちが島民であることを棄ててしまえば、木遣り太鼓は若い世代に受け継がれなかった。

音楽・芸能は誰かが「発明」するものではなく、風土と暮らしから生まれ、歴史の中で常に新しい命を吹き込まれながら、絶えることなく生き続けてきた「生きもの」なのだ。娯楽にとどまらず、生活そのものなのだ。

僕らのように都会で生活する人間も、各地の伝統芸能に触れることで、ふるさとのかけがえのなさを教わった。

「石原都知事への反論」としたが、論争をするつもりはない(というか相手にされないし蟷螂の斧だし)。
僕には僕の考えがあり、やるべきことをやるのみだ。

被災地「支援」というよりも、彼の地で失われようとしているもの、僕ら自身が日本人として守らなければならないものを何としても守り通したい、という気分だが、まずは被災地の生活再建。これ自体長い道のりだが、故郷への帰還が少しでもはやまるよう、何ができるか考えたい。

そして和太鼓打ちの端くれとして、いままで与えてもらったものに応えるために、みんなと力をあわせたい。
このブログでもそのうち、何かを呼びかけることになると思う。

そのときは、よろしくお願いします。

・・・と、ここまで書いてみて振り返ってみると、書くまでもない当たり前のことのような気がします。
だけど、当たり前のことも口に出さなければ、だんだん当たり前じゃなくなっていくので、やはりモノを言うことは大事かなー、と思います。

最後になりましたが、この震災の犠牲となった方々に深いお悔やみを申し上げます。
また、被災されたみなさんに、心からお見舞いと激励を申し上げます。
精一杯、復興のために力を尽くしたいと思います。

※発言は一部孫引きです。申し訳ありません。発言の真意に対する評価はさまざまですが、都知事として以前に、僕は社会の一員として許されるものだとは思いません。