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2012/01/27

ご来場ありがとうございました!

1月22日のJB謝肉祭へのご来場、ありがとうございました!
ゲストのみなさん、スタッフのみなさん、ありがとうございました!

The J.B.'fのブログに簡単なご報告を掲載しましたので、よければご覧ください。

http://the-jbf.blogspot.com/2012/01/blog-post.html

2011/11/10

1月22日 スタジオライブ決定!


The J.B.'f の久しぶりのライブ、昼の部の追加ゲストが決まりました!

The J.B.'f with Eva Kestner presents
「JB謝肉祭2012」


2012年1月22日(日)
 昼祭 14時開演(13:30開場)Sold Out! Thanks!
 夜祭 17時開演(16:30開場)
Taiko.Lab浅草にて


出演:
The J.B.'f
Eva Kestner

ゲスト昼:古里祐一郎 宮迫葵 藤野佳代new!
ゲスト夜:的場凛 齋藤真文(from アラゲホンジ) and more...


チケット:一般2,500円/子ども・学生・障害者1,500円


チケットお申し込み・お問い合わせは
ticket-jbf☆hibiki-kawasaki.jp
※☆を@に変えて送信してください。


昼祭と夜祭で内容は大きく変わります。
楽しいライブにしたいと思います。よろしくお願いします。

2011/11/01

田楽座川崎公演決定!

僕の幼なじみが座長を務め、川崎太鼓仲間・響出身の座員も要する信州伊那谷「歌舞劇団・田楽座」の3度目の川崎公演が決まりました。

和太鼓が好きな方、日本の民俗芸能が好きな方、お祭りの好きな方、舞台芸能の好きな方、元気が欲しい方すべてにおすすめします。かの永六輔氏の折り紙付き、知る人ぞ知るプロ集団です。

 【公演概要】
 ・日時:2012年2月26日 開場 15:30/開演 16:00/終演 17:45(予定)
 ・場所:エポックなかはら ホール (JR武蔵中原駅徒歩1分) [地図]
・作品:『万歳楽』
・チケット:[1F指定席] S席:3500円,A席:3000円
       [2F自由席] 大人:2500円,子ども(高校生以下)・障害者:1500円
・主催:田楽座川崎公演実行委員会 でんでん

チケットは11月中旬発売開始予定。

2011/09/30

未来型お祭りロックバンド“アラゲホンジ” アルバム注文開始!

激ヤバお祭りロックバンド、アラゲホンジのファーストアルバムがオフィシャルHPから購入できるようになりました。 まだ聴いたことない人、ぜひぜひ聴いてみてください。そして歌って踊って楽しんでください!

2011/08/03

7月の...


気が付けば8月になってました。
7月の出来事をまとめて。いろいろありました。

■初体験
まず、「手術」と「整骨院」を初体験しました。
手術といっても傷口の縫合だけですが、徹夜明けの歩行中に眠気に襲われ転倒、唇を切りました。
この日はたいしたことないと思って太鼓の練習→阿波踊りの練習→ライブ観戦とフルコース。帰宅してよく見るとどえらいことになっていたので、翌朝一番で病院に行った次第です。

整骨院の方は、寝違えた痛みがひどくなり、整骨院で見てもらうと、脊椎の神経が圧迫されて痛みやしびれがでているとのこと。1週間ほど揉み治療に通いました。

もう無理が利かない歳になっていることを自覚しろ、と言われた気分です。


■ライブいろいろ
相変わらずライブには足を運んでいますが、7月は重要なのがいくつもありました。

7月3日 田楽座in中野市
川崎太鼓仲間・響を卒業し、昨年プロになった尾上綾菜の一般公演(ホール公演)デビューを見に長野県まで足を運びました。
僕と同様「演技」のできないタイプだった彼女が、演奏はもちろん、立ち居振る舞いの所作まで、見事にプロになっていました。
公演が始まった瞬間は少し目が潤んだのですが、すぐに一観客の気分になり、公演を楽しみました。
彼女のがんばりと同時に、座員を育てる田楽座の力にあらためて感じ入りました。

7月9日 古立ケンジ「Terra rossa marre blu ~赤い大地 青い海~」
名古屋のGONNAから独立し、上京してソロ活動を続けているケンちゃんのリーダーライブでした。GONNA立ち上げの頃からの交遊もあり、響の若者たちを連れてスタッフ兼観客で楽しみました。
いまの和太鼓業界にありがちな、力と勢い、様式美だけにまかせる演奏ではなく、音の響き、重なり、紡ぎ出されるリズムとグルーヴなど、和太鼓の多面的な魅力をとことん楽しもうというライブで、先輩格の奏者たちが盤石のバッキングを務めるなか、プレイヤーと楽曲の魅力が全面に出た演奏になっていました。

7月10日 EGO-WRAPPIN'
日比谷野音でのエゴ。都心のオアシスで夕空の下、という最高のシチュエーション。唇は負傷して缶ビールが飲めないのが心残りでしたが、久々の野外ライブを堪能しました。

7月14日 日本音楽集団定期演奏会
元祭衆の山内利一くんが先年入団し、本格参加後初となる東京での定期演奏会でした。江戸囃子と黒御簾音楽を融合させた「祭」や三木稔氏の「マリンバ・スピリチュアル」など、仙やThe J.B.'fで取り組んでいる曲をやるということで、仙メンバーも大挙して見に行きました。コンサートもよかったですが、代表の田村氏が新入団メンバーを紹介し、意識的に世代交代をすすめようとする姿に共感を覚えました。

7月18日 アラゲホンジ1stアルバムリリースパーティ
これはもう気持ちを伝える言葉が見つかりません。アルバム聞いてください、ライブ見てください、というのみですが、相馬盆唄などアルバム未収録の曲や、ライブでの初演奏となる「秋田音頭」など、リリパならではのステージをたっぷり楽しみました。

■復興を目指して
響の代表が太鼓仲間に呼びかけて結成した「和太鼓でつながろう!震災復興をめざす実行委員会」の取り組みとして、7月いっぱいで避難先の川崎・とどろきアリーナからの退去を余儀なくされた南相馬市の方々を励まそうと、16日に太鼓演奏と盆踊りを企画しました。
復興と生活再建に向けた前途はいまだに厳しいものがあり、太鼓を叩くだけで何かがやれたというわけではありませんでしたが、太鼓や踊りをやっていなければ南相馬の方々とのつながりもなかったことを考えると、音楽や踊りにはやはり人と人を結びつける力があるのだなあ、と再認識しました。これからもっともっと知恵を絞って、何が出来るか、何をやるべきか、考えていきたいと思います。


あとは脱原発の集会で演奏したり、マーラーの映画を見たり、夏本番が近づく阿波踊りの稽古に励んだりといろいろあった7月でした。そしていろんなことを考えました。がんばります。

2011/06/22

さらば祭衆


僕が学生時代、アルバイトでトラをやっていたプロ集団「祭衆」の無期限活動停止によるラストライブがありました(学生時代、といっても予備校にも入らず太鼓ばっかりやってた浪人生だったので、学生と呼べるかどうかはわかりませんが(笑))。

この日はたまたま中国地方への出張帰りだったので、平日でしたが京都での公演を見ることができました。現メンバーは中嶋真、山内利一、馬渕さおり、松尾慧の4名。これに、元メンバーで現在も各方面で演奏活動をしている中条きのこ、川原崎能弘、小林辰哉、川田貞一、滝本ひろ子、由良英寛の6名をゲストに招いて、総勢10名での演奏。表方裏方で、現役を退いた元メンバーも手伝っていました。

思えば発足から25年。初期にお手伝いをさせてもらったのですが、その後同期の能弘が中心的プレイヤーとなり、共通の師匠である仙堂新太郎氏、そして音楽監督的な役割でメンバーとして音楽性の土台を作り上げていった小林潤ちゃん、山内利一くん、新たなグルーヴを吹き込んだ英くん、さおりちゃん、天上人のような慧さんの笛、余人には出せないまこっちゃんの大太鼓サウンド・・・和太鼓音楽の目指す方向は一つではありませんが、「祭衆」はその1角の頂点にこの25年で立ち至ったように思います。

僕自身は、素人に毛が生えた程度のころに手伝っていただけなので、とくに影響を与えるような存在ではありませんでしたが、その後座長となる能弘を引っ張り込んだことと、当時まだ鼓童しかやっていなかった「担ぎ桶」なるものを見よう見まねでやってみて、「できそうだからやってみよう」と能弘に声をかけたのは、功績かな(笑)。ちょうと20年前の話です。

この日の演奏は、気心が知れていつつも普段合わせていないゲストのメンバーを多数迎えて、ということだったので、若干手合わせ不足な印象もところどころありましたが、それを軽く凌駕する過去最高の演奏を見せてくれました。

それだけに、無期限活動停止する理由が僕ら客から見ればわかりません。
が、あくまで当人たちの決めることなので、それぞれの今後を応援していこうと思います。
(2011.6.3 京都府立文化芸術会館)

2011/06/21

シフコビッチ来日!



この間いくつかライブを見ましたが、そのなかからいくつか感想を。

まずN.J.シフコビッチの来日公演から。
ワークショップを見たことはありますが、コンサートとしての演奏を見るのは初めてでした。
仙堂新太郎師匠の知人である上野信一さんの公演にゲスト的位置づけで参加し、全編シフコビッチ作品の中、何曲か(「リズムの神々への祈り」「ストラー」「ラメント・エ・ダンツァ・バルバラ」他)を自ら演奏しました。

日本が昔から好きだったらしく、震災の困難のなか「絶対に来日する」という固い決意で来て頂いたようです。
洋楽打楽器の世界はよくわからないのですが、とにかく野性の固まりのような人でした。

GONNAが和太鼓で演奏している「ラメント~」も演奏されましたが、洋楽打楽器の世界観はこういうものかー、という気がしました。なるほどそういう意味では、原曲の世界観を表現できているので、原曲らしさに触れられた機会でした。
和太鼓での表現は、作者の意図とは別のところで、より深いというか、古の世界観を呼び覚ますものになってます。楽曲に新しい命を吹き込んだ、ということでしょうか。

もちろんGONNAという水準の高い演奏だから出来る面もあるのでしょうが、僕らもトリオ・パ・ウノを演奏しているので、そういった世界観を探求していきたいと思います。

MCでシフコビッチ氏は、日本への多大な感謝を繰り返し表明していました。(だから日本がたいへんな時に来日して演奏したいのだ、とも)
氏、日本の大使館・領事館・外交官が、文化交流や教育支援のためにいろんな国でがんばっているのを見てきたからだ、といいます。「ユーゴは内戦時に外国=NATOによけいなことされたけど…」みたいなニュアンスの話と比較していました。
仙堂師匠に以前聞いたところによると、外交官の人たちは、文化交流のお粗末な予算をカバーするためにポケットマネーでいろいろと骨を折っておられるようです。国(政府)としてはあまり褒められたモンではないですが、そうした取り組みが喜ばれているのはありがたいことです。

(2011.6.1. 国立オリンピック記念青少年総合センター小ホール)
編集済み

2011/05/06

無欲の欲


連休中、2つの高校部活動のコンサートを見に行きました。
鶴見総合高校和太鼓部と都立東大和高校吹奏楽部で、いずれも3月中の公演予定が震災の影響でGWに延期されていたものです。

どちらも太鼓でつながりのあるメンバーがいる関係で足を運んだのですが、共通して感じたことがありました。

それは、男子部員が2人しかいないこと・・・は(重大ですが)おいといて(笑)、「無欲に」音楽を楽しんでいたことです。

自己表現・自分を見せる、ということはもちろん大切で、それを否定する意味ではありませんが、ブラスバンドのように作曲家が書いた曲をアンサンブルで演奏するとき、昔からの祭囃子や古典音楽を演奏するとき、「己を見せたい」という欲が先に立つと、見えるものも見えなくなるのです。

というよりも、僕自身も、秩父屋台囃子などの伝統的なお囃子、あるいは能や歌舞伎の古典音楽などに触れるようになって、だんだん己を捨てることができ、そこで初めて、一端かも知れませんが真髄に触れるというか、長ーく受け継がれてきたもの“そのもの”に触れられた気がするのです。

当世、高校生が純真無垢だというのは幻想かも知れませんが、少なくとも今回見た高校生たち、彼らの若さ、まじめさ、ひたむきさが、欲に邪魔をさせず曲そのものを楽しみ、そのことで曲そのものが持つ価値を知ることを可能にしたのではないか、と思います。指導者の見識と力量に因るところも大きかったのでしょう。

もう一つ、彼らが無欲になれたのは、やはり震災の影響があったのだと思います。
仲間がいて、楽器と場所と時間があって・・・という、今まで当たり前だと思っていたことにかけがえのない価値があったことを、一緒に過ごしてきたからこそ敏感に受け止め、やがて卒業して離ればなれになるいまの仲間との時間・演奏をもっともっと大切にしよう、そう感じたのではないでしょうか。

それは、見ている側にも伝わる、というより見ている側も同じ立場でした。
演奏というのは文字通り一期一会で、音は出た瞬間から減衰し、心に印象を残して消えていくもので、その瞬間の感動こそが最大の価値だと思います。取り戻すべき日常、大切にすべき時間が何かを、音楽を通じて演奏者も観客も共有することができたのではないかと思います。

「欲」も必要ですが、「無欲」は意識しないと得られない(無を得るというのも変な表現ですが)もの。精進したいと思います。

(5月3日 鶴見総合高校和太鼓部演奏会)

(5月4日 都立東大和高校吹奏楽部演奏会)

※写真は仙堂師匠および響の玉田さんからお借りしました。

2011/05/03

手玉にとられたレオさん〜レナード衛藤,TOKIE & SUJI〜

何だかんだと年に1回くらいは行っているレナード衛藤のライブ。
担ぎ桶太鼓のリズムとスタイル、セット太鼓のリフ(?)、音色の温かさと丁寧さでこの人の右に出るプレイヤーはいない、と常々思っていますが、今回はこれも大好きなベーシスト、トッキーことTOKIEさんとの“対決”ということで、楽しみにしていました。

トッキーはRizeの初代ベーシストとして知ったのが初めてでしたが、調べてみるとUAなどCDを持っているアーティストのアルバムに参加したりしています。
そのUAやBlankey Jet Cityのベンジーと組んだAJICO、これもBlankey Jet Cityの中村達也と組んだロザリオス、彼女自身のバンドUnkieなど、彼女のライブはたくさん観ていますが、レオさんとどんなことをやるのか、期待と興味たっぷりでした。

果たしてライブは、期待通りのミニマムなフレーズ合戦でしたが、あのレオさんがまったく手玉にとられ(本人もそれを楽しんでいた節がありましたが)、トッキーに踊らされているようでした。

手に汗握るスリルはいつものことなのですが、ベースと和太鼓という、同じ音域ながらも身体の違うところに作用する音のぶつかり合いの面白さ。相手に応じて変化するレオさんのハイレベルな「出たとこ勝負」さも、今回は文字通りベースがベースにあり、それに乗っかる快感を楽しみながらの「乗ったとこ勝負」な感じ。

こんなレオさん、というかこんな和太鼓は滅多に見られるモノではないでしょう。

タップダンスのSUJIさんとはもうお互いを知り尽くしている感じで、バランス的に理想的だった気がします。

タイコウチの端くれとして、このライブが観られたのは幸せでした。

(2011.4.21 南青山マンダラ)

▼Rize「カミナリ」PV このリフ(のようなもの)でレオさんがイカれました(笑)



2011/04/24

4月18日チャリティライブその2

チャリティライブ観戦レポートその2です。
雑感を並べてみます。

まず出演者ですが、

【第一部】 クラシック&J-POP 
岡田直樹(テノール歌手)/横山隆臣(作曲家・ピアニスト)
竹本洋介/堤千代司/徳寄瞬(シンガーソングライター)

【第二部】 邦楽・和楽器
仲林光子(琵琶・箏)/仲林利恵(みさと笛・能管)
柳家小春(寄席三味線)/菊地良則(尺八)
影山伊作/友野龍士/的場凜(和太鼓)
チェ・ジェチヨル(チャンゴ・ケンガリ他)
仙堂新太郎(小鼓他、音楽コーディネータ)

【第三部】 セッションライブ

という感じでした。


江戸囃子と歌舞伎の黒御簾音楽を題材にした「まつり幻想曲」。
仙堂師匠と友野龍士の「古典バトル」では、さすがに師匠が格の違いを見せつけていましたが、二人の“ブレスト古典ビート”はなかなか圧巻で、利恵さんの能管とのからみも実に見応えがありました。


龍士と影山さんの大太鼓バトルも含め、和太鼓奏者群は気合いの入った魂の演奏。犠牲者を悼みながら、自らの命を確認するかのようでした。


ここに韓国打楽器チャンゴのチェさんが参戦し、一転して「異種格闘技戦」へ。
和楽器奏者たちのつっこんだ魂をいったん平衡に引き戻した上で、手に汗握るビートバトルを展開!
和が現代的リズムを奏でるなかで、海の向こうから古典の風と香を呼んできたチェさんのパフォーマンスでした。
的場凜ちゃんの桶太鼓も、女性とは思えない?芯のある音で男3人と真っ向勝負。かつぎ桶は重力に頼りにくいところを筋力でカバーするため、“筋肉に邪魔されない”女性の打法のメリットが出にくいのですが、さすが厳しい世界を生きてきた凜ちゃんです。

曲は仙堂さんの「海わたる風」でしたが、The J.B.'fでもやってみたくなりました。
とうていこの日のようには出来ないでしょうが、固定メンバー故に「持ち曲」に出来るので、精進したいと思います。

和太鼓演奏の他、吉原のお座敷の音楽や、利恵さんのご母堂・光子さんの箏・琵琶など多彩な内容で、「隅田川の花火は明暦の大火の鎮魂からはじまった」という話も聞け、いろいろと考えさせられるステージでした。

2011/04/19

悼む人

昨日、震災後初めて「チャリティーライブ」を見に行った。その感想、というより改めて考えたこと。

被災地の状況を見るにつけ、いてもたってもいられない思いが強まる一方、仕事を投げ出すわけにもいかず、また、職業自体が損害保険という「ピンチのときのサポート」という性格上、それに勤しむことで、いまの苦難解決の力に少しでもなっていればいい、と言い聞かせてきた。

しかし太鼓打ちの端くれとして、いま何かをやるべきだがいったい何を…と、逡巡は折り重なっていった。
そうこうしているうちに1カ月くらいたって、ある朝震災のニュースを見て急に涙が出てきた。その後はもう、何を見ても目が潤む状態。ことの大きさを受け止めきれずただ慄いていた心が、ようやく事態に直面し始めた気がした。

何か心が宙にさまよっている状態のなかで、「自粛」している場合じゃない、何かしなきゃ、とチャリティーやら支援イベントやらいろいろ具体化を始める一方で、「何か忘れているんじゃないか」と心の隅に常にあった気持ちの正体が、最近になってようやくわかった。

それは、「死を悼む」ということ。

被害が直撃した地の人たちは、亡くなった家族や友人のことを心に大切にしまいながら、必死で明日を迎えようとしておられるのだと思う。そして東京でもいろんな人たちが、前に進んでいくための知恵と力を出し合い、アーティストはそれを応援したり、広げたり呼びかけたり、小さくならずにがんばっている。

だけど、足下を見ること、後ろを振り返ることを忘れていたのではないか。少なくとも自分自身はそうだった。
死びとの歳を数えてもしょうがない、と言われたりもするけど、これだけ多くの人が不幸な亡くなり方をした、そのことを心に刻みつけることは、やっぱり絶対に必要なのだと思う。

起こるべくして起こった災害、しかしあってはならない死、矛盾したこの二つを社会としてどう受け止めるのか、そのためにもまず死者と向きあい死を悼むのだ。

芸術には、人間のただ一つの感情の表現のすべてにすることが許されている。
そして過去の事実とそのときの感情を音に刻み、後世の人間の心に伝える威厳と尊厳が、音楽にはある。

悼みの曲は世界のどこにでもある。

この日のライブでも、追悼の歌が歌われ、花火のルーツが鎮魂にあることが語られ、自分の気持ちを確かめることができた。

日本には、世界中で演奏されている鎮魂の打楽器曲がある。自分にできるレベルの曲じゃないけど、挑戦してみることにした。

(2011.4.18.表参道スパイラルCAYにて。ライブの感想は次回)

2011/01/27

無音のダイナミズム 〜日本音楽集団〜


日本音楽集団の第202回定期演奏会に行ってきました。

この日の主題は「創造の発展的継承」。その意味するところは僕にはわかりませんでしたが、第一部は「静」、第二部は「動」という感じだったので、前半は心地よく睡魔が襲ってきました(^_^;)

が、第一部最後の「金雀」は、この日の曲の中ではもっとも音数が少ない曲にもかかわらず、すっかり眠気も吹っ飛び、固唾を飲んで聞き入ってしまいました。

この「金雀」は「無音」をテーマにした曲で、舞台後方で客席側を向いた指揮者を真ん中にして6人の奏者が並び、身振り手振りも使って有音・無音を表現する、というものでした。

一瞬の緊張から徐々に弛緩していく、その流れを繰り返すなかで、客席にもその張りつめた空気が伝わってきます。指揮者を客席向きに配置したのも、それをねらってのことなのでしょうか。

短い曲でしたが、曲が終わったときにこぼれた奏者の自然な笑みが印象的でした。

八丈太鼓をたたくときなんかも、何拍分かの「間」には、万感の思いを込めます。
何もないところにすべてがある。例えるならブラックホールでしょうか?

音楽集団の演奏を見ていて、はじめてやってみたいと思った曲でした。
(やれるレベルではないですが)

さて、実はこの日の公演、京都時代から旧知の山内利一くんというタイコウチ・パーカッショニストが集団に入団してのデビュー戦でした。
僕がもっともリスペクトするタイコウチの一人ですが、いまの音楽集団は若返りを計っているらしく、これからもどんどん若い人が活躍しそうです。

次は7月14日、三木稔さんの名曲「マリンバ・スピリチュアル」や江戸囃子を元にした曲をやるようです。
楽しみです。興味のある方はぜひどうぞ。

2011/01/25

ことばについて① 言霊と音霊

近年、若い人たちの「過剰敬語」や「あいまい表現」が指摘されることが多い。
僕自身はしゃべりが得意なほうではなく、敬語だってちゃんと使えているか自信はないが、物書きの端くれを(短い期間だけど)やっていたこともあり、こうした日本語表現はどうにも気になる性質だ。

「請求書のほうお送りしますので、ご記入のほうよろしくお願いいたします」

「おタバコのほうお吸いになられますか? (いいえ)ではお席のほうへご案内いたします」

「昨日の飲み代の精算とかってどうすればいいですか?」



こんな表現は毎日聞く。

口やかましい「日本語おじさん」にはなりたくないので(笑)、使うことにあまりケチをつける気持ちはないけど、自分が使うことを考えると、とても違和感がある。

「請求書のほう」「おタバコのほう」…では「そうでないほう」とは? 「飲み代とか」…あとは何があるの?
僕は、この「~のほう」等の言葉に気持ちを込めて話すことができない。そこに言葉の意味を感じられないから使えないのだ。
だからこうした言葉を使う人は、果たしてどこまで自分の言葉に意味と気持ちを込めて話しているのか、何となくではあるが訝しく感じてしまう。

過剰敬語には「敬語が足りなくて失礼をしたくない」、あいまい表現には「物事を断定したくない」という、現代の若者の気質があるという指摘は広く行われているし、それは当を得ていて、その気質を全否定すべきこともないと思うが、それよりも、言葉そのものが自分の表現として、あるいはコミュニケーションの手段として大事に扱われなくなってきていることのほうが、僕は重要な問題だと思う。文法的に正しいかどうかなんて、少なくとも口語の世界ではそんなに厳密じゃなくてもいいのではないか。

あいまい表現があまりに気になるとき、僕は「自分の言葉をちゃんと自分で聞いてるか?」と問いかける。
口から出た言葉を、もう一度耳で聞く。言葉は「言の葉」と呼ばれたり「言霊」と呼ばれたりするように、口から発された瞬間から、それ自身の魂を持つのだ。だから口がすべったり、多くの人の心をとらえたりするのだ。

自分の発した言葉にどんな言霊が宿るのか、それは「聞く」ことでしか分からない。そこに自分の気持ちさえ込めていれば、耳で聞いたときに「あ、この言葉じゃない」と己と言霊の相違を発見し、言い直したりもできる。逆に、言霊になって初めて、自分の気持ちが理解できたり、考えが整理されたりすることも多々ある。

音楽も同じだと思う。
僕は太鼓しか演奏できないが、両腕から紡ぎ出されたリズムは、自分自身であると同時に、それ自体に魂が宿り、僕以上の力を持つ。いわば「音霊」だ。一方で、とくにテレビでは、気持ちのこもらない、粗末に扱われたかわいそうな音たちがあふれている。

とはいいながら、僕も自分の演奏に対して「こうじゃなーい!」と自己嫌悪することのほうが日常では圧倒的。

でもただ一つ言えることは、休符も含め、あるいは「音の出る前」と「音が消えた後」も含め、たとえ1曲の中で何千発打とうが、一つの音だって絶対に粗末には扱わない。できそこないの音も含めて。

それだけは自信がある。

2011/01/10

新年ダッシュはアラゲホンジ!


新年初ライブはアラゲホンジ! 1週間のご無沙汰でした(笑)。
今回は響・JBのメンバーも連れて行ったので、人を憚らず踊る人間が増えました。
曼荼羅2は初めてでしたが、写真を見て「あんまり踊れなそうだなー」と思っていましたが、
演奏を聴いてしまえばそんなことはお構いなしに踊ってしまいました。

もろ好みのファンキーなロックチューンに民謡が乗ると、こんなにも楽しいものなのか、と再認識。
やはり日本人だからでしょうか、日本のメロディーには脳幹あたりが反応するような気分です。

亮太よ、やはりアメリカに帰化する前に(笑)見ておくべきだったぞ。

早く次が見たい!

(2011.1.4 MAMDA-LA2)

2010/12/30

アラゲホンジ!アラゲホンジ!アラゲホンジ!

太鼓の世界から飛び出せない自分がとても小さく見えました。

「こういうことやりたかったねん!」というバンドにまた一つ出会えました。
あまりにやりたいことと近すぎて、自分でやるより見て踊ってる方が楽しい!と思ったくらいです(笑)。

アラゲホンジというのは、「東北民踊ロックバンド」を標榜する和洋折衷(というのが適当なのかは?ですが)バンドで、フジロック出演経験もあります。
この日のバンド編成は、Vo&G,G,B,Dr,和太鼓・鳴り物×2~3、篠笛、踊り、といったところ。リズミカルなギターをバックに…という野暮な説明より実物見た方が早いですね。




津軽、秋田などの東北民謡以外にも、阿波踊りや石川の唄、「りんご追分」などもあり、「ラッセーラ、ラッセーラ」「あやっとさー」と踊りっぱなしでした。

踊ってみてわかりましたが、あえて単純化すると、七頭舞や荒馬はタテノリ系、阿波踊りはヨコノリ系のような気がします。ロックのように拍を強調する音楽とのマッチングも違和感なく、それに加えて邦楽には基本的にない「和音」がバックアップして楽しい雰囲気も倍増。踊りの基本的な部分には洋の東西はあまり関係ないんだなー、と感じました。

1月4日に吉祥寺曼荼羅2で年明けライブがあるそうなので、興味ある人、踊りたい人はぜひ!

(2010.12.28 青山月見ル君想フ)

2010/12/08

30年のトップランナー~林英哲~

さすがに圧巻、さすがに林英哲のステージでした。

僕の好みとは少し異なりますが、和太鼓界ではいわゆる「一人打ちスタイル」を築き上げた草分けであり、現在も最先端を行く押しも押されもせぬ第一人者です。
タイコウチの端くれとしてはたまにチェックしとかないと、と思ったのと、通っている床屋の常連さん(ヴァイオリニスト)がゲストで出演される、ということで、久しぶりにソロコンサートに足を運びました。
行ってみて知ったのですが、久しぶりだったのもそのはずで、単独公演は11年ぶりだったそうです。

第1部はセット太鼓中心、第2部は大太鼓中心のプログラムで、第1部は率直にいって面白みに欠けていたうえに、S席なのに演者が見えない局面があり、「がっかりだー」と思っていましたが、一転第2部はこれが60の声を聞こうかという人とは信じられないくらい、圧巻でした。

大太鼓をこれほど楽器として打ちこなしている人、使いこなしている人はいないでしょう。
彼の太鼓(ビートや音)は直線的なので、僕らやそれより若い世代になると、セット太鼓ではもっと揺れや丸みが欲しくなり音楽的な好みは異なってしまうのかも知れませんが、大太鼓はもやは独壇場。見事に手玉にとられた感じでした。

ゲストのヴァイオリン&オルガンとのコラボは、ヴィターリという名前からしてイタリア人?の曲をやりました(僕はよく知りません)。前半は決まった曲に太鼓をあわせてる感じで、大太鼓の魅力がいまいち発揮されませんでしたが、後半、即興(ではないんでしょうが)的な部分にさしかかると、怒濤のような音で会場を包み込む、というか音の飽和状態にします。人の曲を使わずに、最初からインプロで行った方がよかった気がしますが、それにしても、あの齢にして他の追随を許さない大太鼓は見事というほかありません。

読経とのコラボもありましたが、これははじめから期待していたので、ばっちり好みの音楽が聴けてラッキーでした。

というような複雑な感想のステージでしたが、英哲さんの歳を考えるともうあんなものは見られないんでしょうかねー。見ておいてよかったです。
(2010.12.6 サントリーホール)

2010/12/07

夜祭り終わって冬が来た!

ここ数年、なんだかんだとほぼ毎年行っている秩父夜祭。
今年はメインイベントが金曜ということもあり、響からも10人弱が参加しました。僕と秩父の付き合いもそろそろ20年になろうかというところで、チチビアンの知り合いや友達も増えてきました。

僕は夜祭りではなく春に山田地区で行われる春祭りにもっぱらお世話になっているのですが、太鼓組はとりわけ「人の貸し借り」が多いらしく、山田の友達が夜祭りの山車に乗ってたり、夜祭りの町会の打ち手が山田の山車に乗ったりしているので、夜祭りでも知り合いに会うことが多いです。

報道発表では21万人超の人出だったようですが、「こいつは来てるだろうな-」と予想したチチビアン全員に会えたのは、何か吸い寄せられるものがあったのでしょうか?(笑)

秩父屋台囃子には、特に地打ちに独特の「訛り」がありますが、町会によって微妙に訛りが違うのがおもしろいところです。
さらに、笛も太鼓も即興というかなり珍しいお囃子(普通は笛のメロディは決まっている)ため、「手ぐせ」にも町会の違いがあらわれます。

僕が乗せてもらっている春祭りの山車には、夜祭りの町会である「本町」「下郷」「上町」から助っ人が来て、かなりブレンドされたお囃子になります。
「手」だけでなく、スタイルも町会によって違います。これは、山車の内部構造がそれぞれ違い、したがって太鼓の乗せ方もそれぞれ違うので、自ずと「振り」が変わってくるためです。
地元でお囃子をがっつりやってる人なら、一目見ただけでどこの町会かわかるようですね。

僕もほぼ人生の半分、長い付き合いになりました。秩父を離れて仕事をし、お祭りのときだけ戻ってきて会う友人もいます。もはや「第二の故郷」のような心持ちです。

この日20℃近くまで上がった気温は、明け方0℃近くまで下がりました。
「秩父路に冬を呼ぶ夜祭り」の面目躍如といったところです。
そして「山田の春祭り」まで、秩父地方は厳しい冬に入ります。

2010/11/30

立ち返る場所〜日本音楽集団定期演奏会〜

日本音楽集団の定期演奏会を見に行きました。
「和楽器オーケストラ」「現代邦楽」などと呼ばれるジャンルですが、例えば現代の作曲家が交響曲を書いても「現代音楽」とは呼ばれません。日本の楽器と西洋の楽器では、その「生育歴」が違うので、呼び方も変わってくるのでしょうが、やってることはいわゆる「現代音楽」というよりは、伝統楽器を使った中~大編成の「合奏」であって、「現代音楽」のアバンギャルドさとは一線を画した親しみやすいものだと思っています。ぜひ、多くの方に聞いていただきたい音楽です。

打楽器(太鼓ではなく「鳴り物」)だけを集めた池辺晋一郎氏の曲、現代詩の朗読に音楽をあてたもの、音楽集団発足間もない頃の挑戦と試行錯誤の曲など、バラエティに富んだコンサートでしたが、終演後の打ち上げで話したことが印象に残りました。

今回はクラシック系の指揮者が客演されたのですが、その振り方はやはりクラシックばりにシビアでタイトだったそうです。
同じオーケストラでも、西洋では「クラシック」=古典ですが、邦楽オーケストラは古典ではありません。
そういうものと対峙し取っ組み合うなかで、「古典という〝たち帰る場所〟があるから、僕らはやっていられる」と僕の師匠が仰っていました。

古典というのは、音楽なら音楽、楽器なら楽器の発祥と一体のものです。その音楽が、その楽器がなぜ生まれたのか、そこにある時代との対峙にこそ、古典の神髄があり、古典の古典たる所以があります。「古音楽」「古文書」ではなく「典」、つまり手本でありよりどころ、我々にとってのたたかいの手引き、ということだと思います。これは学問・文化に共通するもので、音楽に限った話ではありません。

太鼓打ちにとっては、能や歌舞伎の音楽、各地の民俗芸能が「古典」だし、古典というのは出てきた「結論」だけを学んでも何の意味もないもので、その「過程」に流れる〝人間の血〟を学ばなければならないのだと思います。

(2010.11.17 第一生命ホール)

2010/10/29

ニシエヒガシエ



縁あって、松戸の太鼓チームのお手伝いをさせていただくことになりました。

僕の師匠・仙堂新太郎氏の太鼓教室に通っていたときアシスタントをしていた藤野佳代ちゃんが指導していたところで、彼女が日本を離れることになり、お鉢(?)がまわってきたわけです。

彼女の卓越した指導と人間的魅力に集うチームに対して、僕に如何ほどのことができるかわかりませんが、多くの人に太鼓を親しんでもらいたい、という情熱と足跡を少しでも受け継いでいきたいと思います。

というのは、件のチームはいわゆる「ママさんチーム」で、子育てをしながら太鼓ができるように、と立ち上げた経緯がある、と伺ったからです。
僕が職業演奏家の道を選択しなかった理由の一つは、文化・芸術はみんなのもの、むしろ市井に生きる多くの人間が担ってこそほんとうの力を発揮する、という強い信念を持っているからですが(信念があるというよりも、それを阻むものが多すぎる、という気持ちですが)、まさにそれを地で行く活動をやっておられるので、お手伝いできるならありがたい、と思った次第です。

先日、そのチームや界隈のチーム、佳代ちゃん、「北の国から」のギターで知られる坂元昭二さん、おなじみ松尾慧さんなど、プロ演奏家も招いた音楽会があり、友情出演をさせてもらいました。子どもたちもガヤガヤとくつろぎながら(?)楽しむ、お祭りチックな雰囲気が心地よいものでした。

これで僕の活動範囲も一都三県に。どうも絶妙なところに住んでいるようです(笑)。