2011/09/30
未来型お祭りロックバンド“アラゲホンジ” アルバム注文開始!
2011/08/03
7月の...
気が付けば8月になってました。
7月の出来事をまとめて。いろいろありました。
■初体験
まず、「手術」と「整骨院」を初体験しました。
手術といっても傷口の縫合だけですが、徹夜明けの歩行中に眠気に襲われ転倒、唇を切りました。
この日はたいしたことないと思って太鼓の練習→阿波踊りの練習→ライブ観戦とフルコース。帰宅してよく見るとどえらいことになっていたので、翌朝一番で病院に行った次第です。
整骨院の方は、寝違えた痛みがひどくなり、整骨院で見てもらうと、脊椎の神経が圧迫されて痛みやしびれがでているとのこと。1週間ほど揉み治療に通いました。
もう無理が利かない歳になっていることを自覚しろ、と言われた気分です。
■ライブいろいろ
相変わらずライブには足を運んでいますが、7月は重要なのがいくつもありました。
7月3日 田楽座in中野市
川崎太鼓仲間・響を卒業し、昨年プロになった尾上綾菜の一般公演(ホール公演)デビューを見に長野県まで足を運びました。
僕と同様「演技」のできないタイプだった彼女が、演奏はもちろん、立ち居振る舞いの所作まで、見事にプロになっていました。
公演が始まった瞬間は少し目が潤んだのですが、すぐに一観客の気分になり、公演を楽しみました。
彼女のがんばりと同時に、座員を育てる田楽座の力にあらためて感じ入りました。
7月9日 古立ケンジ「Terra rossa marre blu ~赤い大地 青い海~」
名古屋のGONNAから独立し、上京してソロ活動を続けているケンちゃんのリーダーライブでした。GONNA立ち上げの頃からの交遊もあり、響の若者たちを連れてスタッフ兼観客で楽しみました。
いまの和太鼓業界にありがちな、力と勢い、様式美だけにまかせる演奏ではなく、音の響き、重なり、紡ぎ出されるリズムとグルーヴなど、和太鼓の多面的な魅力をとことん楽しもうというライブで、先輩格の奏者たちが盤石のバッキングを務めるなか、プレイヤーと楽曲の魅力が全面に出た演奏になっていました。
7月10日 EGO-WRAPPIN'
日比谷野音でのエゴ。都心のオアシスで夕空の下、という最高のシチュエーション。唇は負傷して缶ビールが飲めないのが心残りでしたが、久々の野外ライブを堪能しました。
7月14日 日本音楽集団定期演奏会
元祭衆の山内利一くんが先年入団し、本格参加後初となる東京での定期演奏会でした。江戸囃子と黒御簾音楽を融合させた「祭」や三木稔氏の「マリンバ・スピリチュアル」など、仙やThe J.B.'fで取り組んでいる曲をやるということで、仙メンバーも大挙して見に行きました。コンサートもよかったですが、代表の田村氏が新入団メンバーを紹介し、意識的に世代交代をすすめようとする姿に共感を覚えました。
7月18日 アラゲホンジ1stアルバムリリースパーティ
これはもう気持ちを伝える言葉が見つかりません。アルバム聞いてください、ライブ見てください、というのみですが、相馬盆唄などアルバム未収録の曲や、ライブでの初演奏となる「秋田音頭」など、リリパならではのステージをたっぷり楽しみました。
■復興を目指して
響の代表が太鼓仲間に呼びかけて結成した「和太鼓でつながろう!震災復興をめざす実行委員会」の取り組みとして、7月いっぱいで避難先の川崎・とどろきアリーナからの退去を余儀なくされた南相馬市の方々を励まそうと、16日に太鼓演奏と盆踊りを企画しました。
復興と生活再建に向けた前途はいまだに厳しいものがあり、太鼓を叩くだけで何かがやれたというわけではありませんでしたが、太鼓や踊りをやっていなければ南相馬の方々とのつながりもなかったことを考えると、音楽や踊りにはやはり人と人を結びつける力があるのだなあ、と再認識しました。これからもっともっと知恵を絞って、何が出来るか、何をやるべきか、考えていきたいと思います。
あとは脱原発の集会で演奏したり、マーラーの映画を見たり、夏本番が近づく阿波踊りの稽古に励んだりといろいろあった7月でした。そしていろんなことを考えました。がんばります。
2011/06/28
でっかくなったぜチャットモンチー
ネタバレ注意です。
自分たちのやりたいことが大好きで、自信を持っているのがよくわかるライブでした。
今回のアルバム『YOU MORE』は初のセルフプロデュースで、とにかく難しいことを考えず楽しくやろう、というのがコンセプトだったようです。ライブでも語っていましたが、「こうでなきゃいけない」「こうしてやろう」というような、ヒットメーカーなればこそのくびきと重圧から解放されて、欲求の赴くままに雑多な音を鳴らした、という観が確かにあります。ベースの福岡晃子も「聴いて感じたままのアルバムです。それ以上の意味はない」と断言していました。
そしてそれは、ライブを通じて初めて完成したというか、本来の命を吹き込まれたのではないでしょうか。アルバムは一聴して肩の力が抜ける印象で、これまでの「狙い目」路線からすると物足りなさを感じなくもありませんが、実際にライブで聴いてみると、「優しさ」「強さ」「情熱」「切なさ」といった彼女たちの持ち味を巧みに楽曲の血肉にした上で、伸びやかにそれを演奏をしている印象がありました。要するにアルバムで聴くより何倍もいい曲に聞こえた、ということです(笑)
もちろん、見るたびにパワーアップしている彼女たちの演奏力がそれを可能にしているのは言うまでもないことです。
圧巻だったのは本編最後の「余韻」。
終盤にかけひたすら同じフレーズを繰り返す「チャット節」を全開にし、そして怒濤のアウトロへ。これまで見られかかった極太のエネルギーがポップロックの枠を打ち破り、観客はあっけにとられて微動だにできない状態でした。
「余韻を楽しんでください」という橋本のマエ説ではじまったこの曲が終わったとき、果たしてアンコールの拍手をしていいものかどうか、ビミョーな空気観が客席を覆っていました。
ここまでやるなら、いっそはじめに「アンコールなし!」と宣言してやればよかったですね。
外タレ以外でアンコール無し、というのは慣れてないでしょうから、半ば儀礼的にコールしてしまうのもやむを得ないですし。
そういえば昔とある超大物バンドの幻の解散ライブ(解散するはずだったライブ)で「アンコール無し!全14曲!死ぬ気で行くぞ!」と吠えてからはじまったことがありました。
ま、その分アンコールは文字通り「おまけ」的位置づけで気楽に楽しめましたが。
セットリストは以下です。
カップリングベスト発売時のライブを逃し、二度と聴けないだろうと思っていた「バスロマンス」が聴けたのは僕にとってはうれしいサプライズでした。この曲をすすめられて、チャットモンチーをちゃんと聴くようになったので。
あ、「謹賀新年」で和太鼓使ってました(^_^)v
<セットリスト>
01.桜前線
02.レディナビゲーション
03.少年のジャンプ
04.シャングリラ
05.謹賀新年
06.バースデーケーキの上を歩いて帰った
07.草原に立つ二本の木のように
08.青春の一番札所
09.Boyfriend
10.バスロマンス
11.涙の行方
12.染まるよ
13.真夜中遊園地
14.Last Love Letter
15.拳銃
16.余韻
E1.ここだけの話
E2.風吹けば恋
E3.ハナノユメ
(2011.6.22 中野サンプラザ)
2011/06/22
さらば祭衆
僕が学生時代、アルバイトでトラをやっていたプロ集団「祭衆」の無期限活動停止によるラストライブがありました(学生時代、といっても予備校にも入らず太鼓ばっかりやってた浪人生だったので、学生と呼べるかどうかはわかりませんが(笑))。
この日はたまたま中国地方への出張帰りだったので、平日でしたが京都での公演を見ることができました。現メンバーは中嶋真、山内利一、馬渕さおり、松尾慧の4名。これに、元メンバーで現在も各方面で演奏活動をしている中条きのこ、川原崎能弘、小林辰哉、川田貞一、滝本ひろ子、由良英寛の6名をゲストに招いて、総勢10名での演奏。表方裏方で、現役を退いた元メンバーも手伝っていました。
思えば発足から25年。初期にお手伝いをさせてもらったのですが、その後同期の能弘が中心的プレイヤーとなり、共通の師匠である仙堂新太郎氏、そして音楽監督的な役割でメンバーとして音楽性の土台を作り上げていった小林潤ちゃん、山内利一くん、新たなグルーヴを吹き込んだ英くん、さおりちゃん、天上人のような慧さんの笛、余人には出せないまこっちゃんの大太鼓サウンド・・・和太鼓音楽の目指す方向は一つではありませんが、「祭衆」はその1角の頂点にこの25年で立ち至ったように思います。
僕自身は、素人に毛が生えた程度のころに手伝っていただけなので、とくに影響を与えるような存在ではありませんでしたが、その後座長となる能弘を引っ張り込んだことと、当時まだ鼓童しかやっていなかった「担ぎ桶」なるものを見よう見まねでやってみて、「できそうだからやってみよう」と能弘に声をかけたのは、功績かな(笑)。ちょうと20年前の話です。
この日の演奏は、気心が知れていつつも普段合わせていないゲストのメンバーを多数迎えて、ということだったので、若干手合わせ不足な印象もところどころありましたが、それを軽く凌駕する過去最高の演奏を見せてくれました。
それだけに、無期限活動停止する理由が僕ら客から見ればわかりません。
が、あくまで当人たちの決めることなので、それぞれの今後を応援していこうと思います。
2011/06/21
シフコビッチ来日!
編集済み
2011/05/16
まさかのPUFFY15年
PUFFYの15周年ライブに行ってきました。
もともとニューカマーをこまめにチェックする方ではなく、だいたいブレイク直前くらいに聞き始めたアーティストが多いのですが(例えばBump of Chickenとか)、PUFFYは奥田民生プロデュースということもあり、デビュー当初から追いかけていました。
しかしライブにはいかず、初めていったのは10周年をすぎてから。曲もいいし歌も気持ちいいけど、「バンド音楽」という受け止めでもなく、歌唱力を売りにするわけでもなかったので、CD聞くだけで満足していました。
10周年のときに「1度くらい見ておいた方がいいな」と思ってチケットをとったのが最初で、そのときは都合で結局行けず、3年前くらいに行ったのが最初でした。
予想以上のすばらしいライブに、その後はほぼ毎回足を運び、今回で(ワンマンは)3回目。本人たちもMCで「まさか15年も続くとは、自分たちも思っていなかった」と話していましたが、僕ら聞き手も含め、偽らざる思いでしょう。
もちろん、「使い捨てにさせない」という奥田民生や周りのスタッフの意向があったのは確かなのですが、いくら制作陣・スタッフ・会社が有能でも、本人たちの努力と力量がなければ、15年は続かなかったはず。
ポップロックの優れた楽曲を自然体で歌いこなす力、アミ+ユミのユニゾンの不思議なヴァイブ(あのユニゾンはちょっと他人に真似できないレベルだと思います)、そして自分たちの立ち位置を理解し努力を怠らない姿勢が、作り手も含めロックファンに愛されてやまない「PUFFY」というポップロック・ブランドを作り上げた、とっても過言ではないと思います。
そしてライブはとにかく楽しい!の一言。この時間と空間を衒いなく、気負いなく楽しもうという思いにステージも客席も充ち満ちていて、一つのライブの理想型と言えるかもしれません。
アイドル路線だけでなく、「実力派」路線でも「即換金主義」みたいに利用されその後泣かず飛ばずのアーティストにあふれる音楽業界に、一石を投げ続けて15年。「自然体」「脱力感」が彼女たちを語る冠言葉とされながら、いつのまにかライブ巧者になり、いまや押しも押されもしない地位を確立した存在になりました。いよいよアラフォー世代となり、この後5年10年と、どんな姿を見せてくれるのでしょうか。
期待と同時に、困難さもあろう前途を思うと、やはり応援したい、という気持ちが強いです。
そうそう、震災が発生しツアーの是非を検討した結果、セットリストを変えて臨もう、ということになったそうですが、アンコールのラストはチバユウスケの「誰かが」でした。染みました。
2011/05/06
無欲の欲
連休中、2つの高校部活動のコンサートを見に行きました。
鶴見総合高校和太鼓部と都立東大和高校吹奏楽部で、いずれも3月中の公演予定が震災の影響でGWに延期されていたものです。
どちらも太鼓でつながりのあるメンバーがいる関係で足を運んだのですが、共通して感じたことがありました。
それは、男子部員が2人しかいないこと・・・は(重大ですが)おいといて(笑)、「無欲に」音楽を楽しんでいたことです。
自己表現・自分を見せる、ということはもちろん大切で、それを否定する意味ではありませんが、ブラスバンドのように作曲家が書いた曲をアンサンブルで演奏するとき、昔からの祭囃子や古典音楽を演奏するとき、「己を見せたい」という欲が先に立つと、見えるものも見えなくなるのです。
というよりも、僕自身も、秩父屋台囃子などの伝統的なお囃子、あるいは能や歌舞伎の古典音楽などに触れるようになって、だんだん己を捨てることができ、そこで初めて、一端かも知れませんが真髄に触れるというか、長ーく受け継がれてきたもの“そのもの”に触れられた気がするのです。
当世、高校生が純真無垢だというのは幻想かも知れませんが、少なくとも今回見た高校生たち、彼らの若さ、まじめさ、ひたむきさが、欲に邪魔をさせず曲そのものを楽しみ、そのことで曲そのものが持つ価値を知ることを可能にしたのではないか、と思います。指導者の見識と力量に因るところも大きかったのでしょう。
もう一つ、彼らが無欲になれたのは、やはり震災の影響があったのだと思います。
仲間がいて、楽器と場所と時間があって・・・という、今まで当たり前だと思っていたことにかけがえのない価値があったことを、一緒に過ごしてきたからこそ敏感に受け止め、やがて卒業して離ればなれになるいまの仲間との時間・演奏をもっともっと大切にしよう、そう感じたのではないでしょうか。
それは、見ている側にも伝わる、というより見ている側も同じ立場でした。
演奏というのは文字通り一期一会で、音は出た瞬間から減衰し、心に印象を残して消えていくもので、その瞬間の感動こそが最大の価値だと思います。取り戻すべき日常、大切にすべき時間が何かを、音楽を通じて演奏者も観客も共有することができたのではないかと思います。
2011/05/03
手玉にとられたレオさん〜レナード衛藤,TOKIE & SUJI〜
担ぎ桶太鼓のリズムとスタイル、セット太鼓のリフ(?)、音色の温かさと丁寧さでこの人の右に出るプレイヤーはいない、と常々思っていますが、今回はこれも大好きなベーシスト、トッキーことTOKIEさんとの“対決”ということで、楽しみにしていました。
トッキーはRizeの初代ベーシストとして知ったのが初めてでしたが、調べてみるとUAなどCDを持っているアーティストのアルバムに参加したりしています。
そのUAやBlankey Jet Cityのベンジーと組んだAJICO、これもBlankey Jet Cityの中村達也と組んだロザリオス、彼女自身のバンドUnkieなど、彼女のライブはたくさん観ていますが、レオさんとどんなことをやるのか、期待と興味たっぷりでした。
果たしてライブは、期待通りのミニマムなフレーズ合戦でしたが、あのレオさんがまったく手玉にとられ(本人もそれを楽しんでいた節がありましたが)、トッキーに踊らされているようでした。
手に汗握るスリルはいつものことなのですが、ベースと和太鼓という、同じ音域ながらも身体の違うところに作用する音のぶつかり合いの面白さ。相手に応じて変化するレオさんのハイレベルな「出たとこ勝負」さも、今回は文字通りベースがベースにあり、それに乗っかる快感を楽しみながらの「乗ったとこ勝負」な感じ。
こんなレオさん、というかこんな和太鼓は滅多に見られるモノではないでしょう。
タップダンスのSUJIさんとはもうお互いを知り尽くしている感じで、バランス的に理想的だった気がします。
タイコウチの端くれとして、このライブが観られたのは幸せでした。
2011/04/24
4月18日チャリティライブその2
雑感を並べてみます。
まず出演者ですが、
【第一部】 クラシック&J-POP
岡田直樹(テノール歌手)/横山隆臣(作曲家・ピアニスト)
竹本洋介/堤千代司/徳寄瞬(シンガーソングライター)
【第二部】 邦楽・和楽器
仲林光子(琵琶・箏)/仲林利恵(みさと笛・能管)
柳家小春(寄席三味線)/菊地良則(尺八)
影山伊作/友野龍士/的場凜(和太鼓)
チェ・ジェチヨル(チャンゴ・ケンガリ他)
仙堂新太郎(小鼓他、音楽コーディネータ)
【第三部】 セッションライブ
2011/04/19
悼む人
被災地の状況を見るにつけ、いてもたってもいられない思いが強まる一方、仕事を投げ出すわけにもいかず、また、職業自体が損害保険という「ピンチのときのサポート」という性格上、それに勤しむことで、いまの苦難解決の力に少しでもなっていればいい、と言い聞かせてきた。
しかし太鼓打ちの端くれとして、いま何かをやるべきだがいったい何を…と、逡巡は折り重なっていった。
そうこうしているうちに1カ月くらいたって、ある朝震災のニュースを見て急に涙が出てきた。その後はもう、何を見ても目が潤む状態。ことの大きさを受け止めきれずただ慄いていた心が、ようやく事態に直面し始めた気がした。
何か心が宙にさまよっている状態のなかで、「自粛」している場合じゃない、何かしなきゃ、とチャリティーやら支援イベントやらいろいろ具体化を始める一方で、「何か忘れているんじゃないか」と心の隅に常にあった気持ちの正体が、最近になってようやくわかった。
それは、「死を悼む」ということ。
被害が直撃した地の人たちは、亡くなった家族や友人のことを心に大切にしまいながら、必死で明日を迎えようとしておられるのだと思う。そして東京でもいろんな人たちが、前に進んでいくための知恵と力を出し合い、アーティストはそれを応援したり、広げたり呼びかけたり、小さくならずにがんばっている。
だけど、足下を見ること、後ろを振り返ることを忘れていたのではないか。少なくとも自分自身はそうだった。
死びとの歳を数えてもしょうがない、と言われたりもするけど、これだけ多くの人が不幸な亡くなり方をした、そのことを心に刻みつけることは、やっぱり絶対に必要なのだと思う。
起こるべくして起こった災害、しかしあってはならない死、矛盾したこの二つを社会としてどう受け止めるのか、そのためにもまず死者と向きあい死を悼むのだ。
芸術には、人間のただ一つの感情の表現のすべてにすることが許されている。
そして過去の事実とそのときの感情を音に刻み、後世の人間の心に伝える威厳と尊厳が、音楽にはある。
悼みの曲は世界のどこにでもある。
この日のライブでも、追悼の歌が歌われ、花火のルーツが鎮魂にあることが語られ、自分の気持ちを確かめることができた。
日本には、世界中で演奏されている鎮魂の打楽器曲がある。自分にできるレベルの曲じゃないけど、挑戦してみることにした。
(2011.4.18.表参道スパイラルCAYにて。ライブの感想は次回)


